第3話 女教師、生還す

沼に落ちてわずか数分後、環と高久は助け出された。というか、自分で地の上に這い上がった。

「なんだべなあ。こんな沼に落っこぢた人は、ここしばらくいねえよー」

地元の土産物屋のおじちゃんが、気の毒そうに頷いた。膝の上でちゃんちゃんこを着せられたキジトラの猫がごろごろと喉を鳴らしている。

溺れるほどの時間水中にいたわけではないらしい。

しかも、なんだか夢を見ていた気がするのだが。

人は溺れていても寝るのだろうか。ああ、意識がなかったのか。幻覚というやつか。

顔面蒼白の、学年主任の白鳥の黒目が上下左右に動いている。

「いや、これは、事故で・・・いや、事故でも困る。いや、過失で、いやええと・・・」

「ふざけんな。テメーが押してこいつら池に落ちたんじゃねえか」

生徒達が白鳥を罵った。

「いやっ、突然雷がなったから・・・」

「責任転嫁すんのかよ。事件だろ、事件っ」

もはや口も開きたくない環も高久も黙っていた。とにかく寒くて体がガタガタ震える。

「あのねえ、あんたたち。ここらじゃそれは、事件とか事故とか責任問題とかじゃねんだよ。ただのまぬけな話っつうの。・・・あーあ、頭までびちゃびちゃ。タオルで拭いて、ほら。風邪ひいっちゃうよおー。かわいそうにぃ」

なんとか工務店と書いてあるタオルで、奥方と思われるおばちゃんが頭を拭いてくれた。

すいません、と頭を下げる。

おじちゃんの腕の中のキジトラの猫が、バ~カと鳴いた。

「ま、とは言っても。とにかくちっと謝ったほうがいいんでねえの。先生も悪ぃなら」

そう赤の他人に促されて、白鳥は頭を下げた。

「申し訳、なかった」

環は、なんとなくガクッと来て、瞼を閉じた。

一同は不満だったが、おばちゃんは、はいはいと白鳥の背中を叩いた。

「あんたら、着替えはあんのがい?」

そう言われて、はっとした。

そうだ、衣類の入ったバッグはバスの中だ。どこかトイレでも探して着替えなければ。

「ほんとにいろいろ、すみません」

立ち上がった時、うおおとも、うああとかまた声が上がった。

今度はなんだ・・・と目を向けた時、なぜか・・・、ブラジャー姿の自分がこっちを見ていた。

大きな鏡だろうか。いやしかし、服なんてまだ脱いでないし、なんでそんな白目剥いてこっちを見ているのか・・・。

鏡の自分と目が合ったのかと思った。

それは自分ではなく。いや、自分なのだが。

そして、気付いた。なぜ、自分は、ずぶ濡れの黒いジャージで、なんちゃらデザートのスニーカを履いているのだ。


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