第6話 男子校生、女教師(アラサー)の体で狂乱す
夕飯をすませると、高久から連絡が入っていた。
園長に呼ばれたからちょっと行ってくる、という短い文章を確認すると、環は突然急に風呂に入りたくなったと言って、慌てて部屋を飛び出した。
俺もまた行こうかな、と数人に言われてギョッとしたが、実際はウォータースライダー含めプールに5時間、バイキングの食事を怪獣の如く腹一杯たいらげ、施設の全ての風呂を回ったクラスメイト達には、実際はその気力もないようだったのが助かった。
「ええと確か、学園長先生は、別の棟一番角部屋の・・・」
土産物屋の観光客をかき分けかき分け、エレベーターを上がり、ああ、ここはどこだ。と気ばかり焦る。
その時、いるはずのない学生の姿を見つけて、学年主任の白鳥が近づいてきた。
「高久くん?迷ったんですか」
「あ、あの。・・・ちょっと、用事が」
「なんですか。この棟には先生方の部屋しかありませんが」
白鳥の神経質そうな糸目が更に細くなった。
「いやええと・・・。風邪ひいたので、金沢先生に薬、貰おうと思って・・・」
そう言われて、白鳥は気まずそうな顔をした。
「・・・高久君、改めて、申し訳なかった。あの、後で園長先生からもお話があると思いますが・・・」
「はあ・・・」
やはり生徒を沼に落としたなどとと言ったら、責任問題であろう。
菓子折り持って学園長と白鳥とで自宅に謝罪にでも行く計画でもしているのだろう。その際は、担任の自分も当然行くべきだろう。いや、自分も落ちた被害者ではあるが、一応担任なのだから、そこは当然、謝罪すべきだ。
だが、ええと、謝罪に行くのは、環の姿の高久であって。謝罪を受けるのは、高久の姿の自分であって。ああ、なんかこんがらがってきた・・・。
とにかく。どんな姿であろうが、学校の責任者がご両親には、謝らねばならない。
「この件は、お父様には穏便に・・・。つまり、黙っていて欲しいんです」
驚いて、まじまじと白鳥を見てしまった。
「お父様も心配されるでしょうし。今だって、十分、心配しているのでしょうし。君に何か問題がないなら、それも親孝行かな、と思うんです、先生」
こいつら。高久の体の事、知ってるんだ。
それで、逃げやがってるんだ。
「・・・わかりました」
「そう、そう。よかった。じゃ、後で園長先生にも言っておきます」
「いえ。直接申し上げます。帰宅したら、精密検査を受けに主治医のもとに行きますときちんと言います」
「はァッ?!」
白鳥が、慌てて腕を引っ張った。
カッとした。廊下に響き渡る声で、環は叫んだ。
「触んな!・・・あーーーいてーー具合わるくなってきたーーー。白鳥先生に押されて沼におちたからだーーーえんちょーーせんせーーーっ。行きますからねーー、でっかい病院にせいみつけんさーーー」
「や、やめなさいっ」
突然、壁の向こうから、何か大きな物が引っくり返ったような音がした。
「はなせ・・・・」
「はなすんじゃねえ、タコ、おらぁぁぁっ」
バターン!!とドアが勢い良く開いた。
半裸の自分と。半殺しの学園長が転がり出てきた。
時間を少々戻す。
学園長である一ノ瀬幸太郎は、椅子に座って、正面の養護教諭を見据えた。
「金沢先生。今日の行動は目に余るものがあります。我が校は男子校だといつも申し上げていますよね。一般のお客もいるわけですし。あまり生徒達に刺激を与えてほしくないんです」
うつむいた金沢の口から、はい、と小さな声が漏れた。
「・・自覚はおありだと思いますが。特に、先生は実績があるわけじゃないでしょう。まあ、養護教諭ということを差し引いても、あなたは特に部活の顧問として何か学校の為に貢献している訳ではない。それで結構。あなたは、保健のおばちゃんのままでいればいいんです。・・・わかりますね?今、自分の立場が危ういことに」
ガバッと環が両手をテーブルに置いた。
深々と頭を下げた。
「申し訳、ありません」
声が震えていた。
ゆっくりと顔を上げた環の顔が赤い。
「・・・・まあ、いいでしょう。今後、今日、今現在から、行動を改めてください」
それと、と続ける。
「今日、A組の高久くんと白鳥先生が沼に落ちた件の説明を・・・」
「あ、それは、雷に驚いた、白鳥、先生が、キンタ・・・じゃなくて、私を押してですね、その弾みで、オレ、じゃない、高久君も落ちた、ということです」
「それは、白鳥先生にも先ほど、伺いました。そしてその件はもう喋らないで頂きたい。他の生徒や先生方に何か言われても、蒸し返さないで頂きたいんです。特に高久や、高久と仲の良いA組の生徒には箝口令です。もしまた騒ぎになれば、貴女には責任を取っていただきます」
「沼に落ちたことで?なんでそんなことくらいで・・・」
さっぱりわからないと環が眉を寄せたのに、苛立ったように一ノ瀬は舌打ちした。
「高久の父親は高久商事の取締役です。進学に関しても、彼の父が望むレベルの推薦枠は確保することになっています。転入時にそのような話になっていると以前も申し送りしましたよね。今回の件が原因で、もしくはそうでなかったとしても今後、彼の体調が悪くなったら、我が校の責任になるわけです」
環は口をぽかんと半開きにして見上げていた。
「頭の回転が遅いようですね、相変わらず。万が一、高久の父親の耳に入った場合、貴女の責任ということにして貰いますから」
「は・・・だって、押したのは白鳥で・・・」
「白鳥、先生でしょう。いいえ、押したのは貴女で、たまたま近くにいた高久が巻き込まれて落ちたんです」
信じられないという顔で、環が一ノ瀬を見上げた。
「白鳥先生にもそう伝えてあります」
「・・・おれ、じゃない、高久が父親に言いますよね、普通に考えて」
「高久くんには、言わないで貰うように白鳥先生から伝えておきます。全部、整っていますから、先生はご心配なく指示に従ってください」
「・・・高久は、嫌だとは、言いませんか・・・」
はあ、と心底呆れたように一ノ瀬は、顔をしかめて片目で環を見た。
「先生、あなた、高久に信頼されてるとでも思っているんですか。おめでたいですね。高久だけじゃない。担任とは名ばかりで何もできない、特に優秀でもないあなたを、どうして生徒達が好きだなどと思うんですか。勘違いも甚だしい。特にA組の生徒達は、そんなことは期待できませんよ。だからあなたを担任にしたんだし」
まあ、と一ノ瀬が、言葉を切った。
「先生も、反省してらっしゃるようだし・・・」
そろそろ放免ということか。
高久は、椅子から立ち上がろうとした。
「・・・金沢先生が、申し訳ないので自分から、私に謝罪してくださる、というのであれば・・」
は、と環がまた顔を上げた。
一ノ瀬の手が、太ももをなぞり上げた。
そのまま下着を引っ張られた。
「う、うわわ・・・・っ」
驚いて高久は立ち上がった。
ドタンと椅子ごとひっくり返り、腰をしたたか打った。
「いッでぇぇぇぇ・・・」
床はカーペット敷きだが、それでも痛い。
「・・・・金沢、先生・・・」
手に布きれを持った一ノ瀬が中途半端な体勢でこちらを見ていた。
「これ・・・男物の下着ですよね・・・?」
高久愛用のトランクスが握られていた。水着はいいのだが、日常的に身につける下着は、女物の面積の小さい下着ではどうも落ち着かなくて、売店で買って来たのだ。
「ああ、いややっぱ、パ、パ、パンティー、はちょっと慣れなくて・・・じゃねえよっっっ!」
と、高久は椅子を掴んで振り上げた。
「うあああああっ。あ、危ないっっっ」
「アブネーのは、てめえだっ、このエロガッパ!」
「え、・・えろがっ・・・」
高久はその辺にある、灰皿やファイルを一ノ瀬に次々投げつけた。
突然の罵倒と暴力に驚いて、一ノ瀬は床に這いつくばった。
「このヤロウ、女のパンツ脱がせて何やろうっつんだよっっっ・・・これは、男のパンツだけどよっ。おら、返せよっ」
「え・・・ああ・・・」
「返せっつうのっっっ」
乱暴の手から下着をもぎ取った。
「てめえ、このヤロウッ。もーガチキレたかんなっ。おめーなんか公開処刑してやるっ。来いよ、オラッ」
乱暴に尻を蹴り上げて、腕を掴んで引きずった。
いつもは、いるんだかいないんだかわからないほどの存在感の薄い女教師が、突然半狂乱となったのに、学園長はただただ驚愕し、恐ろしかった。
「な、何する気だ・・・・」
「何する気はてめーだろうが。丸裸にして女のパンツ頭からかぶせて、流れるプールの真ん中のヤシの木にくくりつけてやる」
「な・・・・っ」
あまりのことに、一ノ瀬は絶句した。
とんでもない。冗談じゃない。そんなことが知れたら・・・・。
「安心しろ。そのデッカい腹に、名前と住所と職業と電話番号マジックで書いてやっからよ。Twitterにも上げてやっからよっ」
「ふ、ふざけるのはやめろっ。いいか、金沢っ。そんなことしてみろ。お前、クビだからなっ」
高久は一ノ瀬の腕をひねって後ろから掴んだ。
「は、はなせ・・・」
「はなすんじゃねえよ、タコ・・・・っ」
抵抗する一ノ瀬の尻をもう一度蹴ると、体が吹っ飛んでドアにぶつかった。
二人はその勢いで開いたドアから廊下に倒れこんだ。
「うわああああっ」
悲鳴が聞こえた。
「いってーな・・・」
顔を上げると、白鳥と自分が立っていた。
自分の顔をした環が、目玉をひんむいて見下ろしている。
騒ぎを聞きつけた警備員を伴ったスタッフが、駆け付けてきた。
「何かございましたか?言い争いと物音が聞こえたと連絡があったんですが・・・」
訝しげな警備員に、一ノ瀬と白鳥がドアから顔だけ出して頭を下げた。
「すみません。どうもテレビの音が高かったみたいで・・・。ね、白鳥先生」
「あ、はい。私が椅子を蹴って転んでしまいまして・・・」
そうですかと、スタッフと警備員は頭を下げて帰って行った。
ドアを閉めると、一ノ瀬は引っ張られて床に倒れた。白鳥も、もんどり打って転がる。
二人の脚にはヒモが括りつけてあった。その長くとられた端っこは、高久が握っていた。
「よし。行ったな」
「・・・金沢ァ、こんなことして・・・・タダで済むと思ってんのかあ・・・」
「おっ。まさに悪人が言うセリフだな。それ」
ケタケタと高久が笑った。
上半身こそアロハ姿だが、下半身はスボンと下着まで脱がされた一ノ瀬と白鳥は、床の上でヒモがからまり身動きが取れなくなっていた。
騒いでいるのを不審がられ、人の気配を感じ、そのまま一ノ瀬の部屋に入ったのだ。
環は、上司二人の下半身が気になって、伏目がちで叫んだ。
「・・・たか・・・じゃなくて、金沢先生、もう、やめてよっ。どうすんの、これっ」
「どうって。どーすっかなあ・・・」
にやりと笑う顔はまるで悪魔のようだった。
「そ、そうか・・・わかったぞ・・・。金沢。お前、高久と男女の仲なんだなっ。だから、突然強気に・・・」
「バーカっ。んなわけねえだろ。おめーんとこの姪っ子じゃねえんだからよ。あー、白鳥センセイも知ってるよなあー」
「は?・・・紫が、なんの関係が・・・」
「ちょっと、やめなさい・・・」
「ユカパイ、いろんな生徒とヤッてんの知らねーの?」
「やめなさいっ」
環が声を荒げた。
「・・・金沢先生、紫先生は今関係ないでしょう?」
「・・・なんだよ」
ちょっと意外そうに高久は肩をすくめると、どれ、と一ノ瀬に向き合った。
「んじゃま、そういうことだから。関係ねえってさ」
「か、関係なくないっ。なんだ、どういうことだ」
「ま、今はこっち優先してよ」
ぐいっとまた紐を引っ張る。
「とりあえず。落とし所みつけようじゃん。まず、白鳥センセイのせいで高久と金沢センセイが沼に落ちて、高久君は死にそうになったんだよね。責任なすりつけられそうになった金沢がアンタに強姦されそうになった、のを、高久が父親に言う」
「・・・なん、だと・・・」
「事実だろがよ。聞けよ。・・・もひとつは、金沢と高久は沼に落ちましたが、白鳥センセイも園長センセイもカンケーありません。金沢先生と高久は、今までもこれからも園長先生の大事な部下と生徒です。・・・学校生活これからもがんばります。修学旅行楽しかったと高久が父親に言う」
「ちょっとアンタ何言ってん・・・」
環は高久をつっついたが、高久は知らんぷりだ。
一ノ瀬が口を開いた。
「・・・そうして、くれるか」
「おう。な、高久くん」
「・・・・・え・・・」
「いいよな。いいんだよ」
「・・・うん」
「オッケー。んじゃそう言うことで」
紐の端を一ノ瀬に渡すと、高久は立ち上がった。
「高久くん、行きましょう。・・・白鳥先生、園長先生、これからもよろしくお願いしまぁす。・・・あ、あと土産代出せな。みんなの分」
「・・・は、はあっ、何をバカな・・・」
「出すよな?な、全員分。・・・言うぞ、言うかんな?」
「・・・わかった」
よっしゃと、高久は環の腕を引っ張って部屋を出た。
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