第21話 しんどい現実 いい思い出
放課後、日直から日誌を受け取り、
思った通り、午後一番で学園長に呼び出され、
出された玄米茶を七杯飲んだ所で、根負けしたのは学園長だった。
三十代よりも五十代の
いずれの理由にしろ、どちらかが耐えきれず席を立ったことが、解散の合図となった。
ふふん。ざまあねえな。
最近、ミルクティー2リットル一気飲みしてから寝ているが、就寝中に起きるなんてことは一度もない。
知らず知らず
「金沢先生」
え、と顔を上げると、
「・・・私のこと。言わなかったってね。叔父さ・・・、学園長先生にいろいろ聞かれたんでしょ。学園長先生、金沢先生に問い詰めたけど答えなかったって・・・」
それは
あの後ダメ押しでラインでも口止めの釘を刺して来た。
「絶対言うな、知らないで通せ。もし言ったら、おまえの作品全部メルカリで売ってやる」と脅されたのだ。
「・・・いやまあ・・・。あのほんと。いいんです。もう」
いろんな意味で。
・・・もう。忘れたいんで。
思い出すと、死にそうなんで。
情けなくて、辛いんで。
「・・・ありがとう」
ぽつりとそう言われ、
関係があった時もそうでない時も、しらっとした言葉しか聞いたことはなかったから。
先輩であるはずの
「これ。私の行ってる美容室の商品券」
「・・・はぁ・・・?」
「服とか化粧品変えたみたいだけど。まず髪型を変えたほうがいいと思うんですけど。ダサいから」
相変わらず、先輩とも思わない口調だが、彼女なりのお礼のつもりなのだろう。
「あと。なんで最近ストッキングはかないの?」
「いや・・・苦手で・・・」
「ああ、蒸れるもんね。じゃ、これ、良かったら。けっこういいですよ」
机の引き出しから、なにか取り出す。
「これだと蒸れないでしょ」
黒のレースとピンクの小さなリボンがあしらわれている薄い布の塊と、ストッキング。
まさかこんな形で、
高久の手が思わず震えた。
「・・・・ありがとう、ございますぅ・・・。・・・思い出にしますぅ・・・」
彼女に与えられた甘くしんどいばかりだった現実が、こうして違う形でいい形となった思い出になるとは。
とにかく、行ってみるか、と
店に貼ってあるやたら小洒落た広告を見ると、どうやらVIPの客のみが購入できる商品券らしい。
「エート?年間、さんじゅうまんえんいじょうごりようされたおきゃくさまだけに・・・うえっ?!頭の毛に年間三十万!?・・・ええと、五万円分の商品券を特別に四万五千円で・・・。年間三十万も使ってんだからよー、もうちーっとまけろよなあー・・・」
ブツブツ言っていると、奥からニット帽とサングラスをかけた長身の男がやって来た。
「はじめまして、アキラです」
店にいた他の女性客が羨望の眼差しを向けた。
真冬でもないのに室内でニット帽とサングラス。
これが、女の思う、おしゃれな男というやつか。
もうちょっとガタイがいい方がいいんじゃないか。細っちいなと、ついやっかんで見てしまう。
もっとこう、マッチョでムキムキで笑顔が眩しいドゥェイン・ジョンソンみたいなヤツがいい男なんじゃないのか?
部屋ん中でこんな納豆みてぇな帽子かぶりやがって。
なんでこんなオヤジが女子にキャーキャー言われてんのかサッパリわかんねぇ。
「・・・どーも。・・・なあ。ユカリ、よく来んの?」
「二週に一回くらいでご来店いただいてます。先週も来てくれてね」
ユカパイの事だから、この手の男にも媚び媚びでアピールしているのだろうか。
「彼女、物静かな子だよね」
「・・・はあ?」
どこがだよあのビッチ、と言いそうになって鏡を見返した時、アキラの目と合った。
無意識になのだろう、彼はにっこりと微笑むと、また手元を動かし始めた。
そうか。
分かったところで、別にもうショックじゃないのが不思議だった。
「・・・金沢さん、この後の予定は?」
「デパ地下でケーキ買って帰る」
アシスタントの女の子が差し出してくれた女性誌なんてもう興味は無いし、グラビア誌もマンガも無いと言う。
寝ちまおうかなと考えていたのだが、アキラがちょくちょく話しかけてしてくるのがとにかくウザかった。
常々、子供の頃から通っている床屋の料金表を眺めながら、大人の男になってパーマネントを当てるなら、細かいパンチだなとひそかに思っていたのだが、まさか美容室で、こんな太巻やらカッパ巻程あるロットでデジタルなパーマをかける日がくるとは。
「さて。どうかな?」
髪を短くしたせいか、表情がよく見えるようになった。
心なしか、若返ったようだし、顔色も明るく見える。
「・・・おー、いいじゃん!」
極太ロットを出された時は、サザエさんみたいになったらどうしようと思ったけれど。
「・・・うん、すごくいい。可愛いね」
アキラも満足そうだった。
よし、と
バッグを取り、肩にかけた。
「・・・お荷物外までお持ちします」
「いやいいよ。重いから・・」
「またそんな・・・」
よくわからないがそれが美容院ルールなのだろうか。
「・・・・んじゃ、頼むわ」
「では、・・うっ・・・・|?・・・こ、これ、何入ってんですか・・・?!」
ボウリングの玉でも入ってるかのように重い。
しかし彼女は軽々と持っていたではないか、とアキラは目を剥いた。
「ああ、タッパー七個と保冷剤」
「・・・そ、そうですか・・・」
財布にレシートとカードをしまいながら、
すっかり暗くなっていて、これは急がねばデパートが閉まる。
「良かったら。ケーキ、プレゼントしましょうか?」
「はあ?」
「これからケーキ買いに行くんでしょう。それとも、お店終わるまで待ってくれれば、もっとおいしいものなんでもご馳走するよ」
ああ、ナンパかよ。
意図に気付いて、
「いや結構。餌付けしようったって、あんたじゃ破産しちまうよ?」
ブラックカードを見せた。
「それともこっちをあんたで破産させたい?・・・それも無理だな。アンタじゃいい思い出にもなんなそーだしなー・・・。じゃ、どうもねー」
そう言うと、
アキラはしばらく
振られたのは久しぶりだ。
店に戻ると、アシスタントが次の予約の客が間もなく来店だと告げた。
子猫のようにじゃれつく二人を仕事場に戻すと、アキラは伝票と顧客名簿を持って控え室に向かった。
初めて来店した客には、簡単なアンケートと一緒に、氏名や住所をカードに書いてもらっているのだ。
それがそのまま名簿になっている。
一番上のページに、
「
スマホに何件かお誘いのメールやラインが届いていた。
モデルやフリーアナウンサーとしてけっこう売れて来ている子からもいくつか。
「美容師やってて良かったことは・・・こういうとこだよねえ」
アキラは満足そうに笑った。
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