第14話 それぞれ抱えているものがある

翌日早朝。環はタッパーを保冷バッグに入れ、弁当も二つ用意し、家を出た。

教室のロッカーに無理やり突っ込み、昼時に保健室を訪れた。

すっかり昼飯は届くものと思い込んでいる高久が腹をすかして待っていた。

「遅いよーー。腹減ったー」

言われた通り、化粧控えめにしたらしい高久が、足をバタつかせて抗議した。

そして、またストッキングは履いてくれないようだ・・・。

意地でも履くもんか!とならないように、無理強いはやめよう。と決めた。

環は、弁当と保冷バッグを渡した。

「保冷剤入ってるから。持って行って。冷蔵庫に入れて3日くらいで食べきって」

「お。どーもどーも」

素直に受け取る。きっと、インスタントやコンビニ弁当ばかりの食事なのだろう。少し気の毒に思った。そういえば、ちょっとむくんでいるようだ。

実際の高久の食生活は有名パティシエ作のスイーツ三昧の日々で、太ったのだ。

ちょっとしょっぱいのも食べたかったんだよね。米くらいは炊こうかな。なんて呑気な事を考えている。

「そういやさあ、昨日ダンナにちょっと会ったんだよ」

「ええ?・・・思ったより早いなあ・・・」

予想だと来月くらいだと思っていたが。

「着替え取りに来ただけで、またすぐ戻ったけど。来週戻るって。案外いいやつじゃん。いろいろ教えてくれたしさ。剣道やってたんだってな。あの木刀、土産のチョイスにバッチリじゃん。・・・ま、おっさんだけど。けっこうカッコ良かったし」

「・・・あんた変なこと言わなかったでしょうね」

「ぜーんぜん。怪しまれてもいないはずだもんね」

自信満々にそう言う高久に、環は余計不安を覚えた。

「あ、でもあっちは変なこと言ってたなあ・・・。喧嘩したのかよ?時間くれとかなんとか。なんか深刻な顔しちゃってさあ。なんだよ、教えろよ」

「・・・何でもないわよ」

「いいじゃないかよー教えろよー。どうせ、また来週会うんだし」

興味津々という顔だ。突っぱねたりごまかしたら、夫の方にあれこれ探りを入れそうだ。

「わかった。・・・じゃ、あんたも私の質問に答えてよね」

「オッケー」

環は、丸椅子から近くのソファに座りなおした。

「あのね。私、どうも不妊症なんだわ。結婚して1年目くらいに病院には行ったんだけど。で、不妊治療するかどうか聞かれてて」

いきなりの告白に、ショックを受けたのか、おお、と高久は小さく唸った。

「・・・聞いたことはあるな。最近多いって」

「うん。不妊治療をする人が増えてるからね」

治療は別として、不妊に関しては、昔のほうが多かったのじゃないかと思うのだ。

不妊に関わる感染症だって昔は多かったはずだし。

産める機能がある人が早くから数を生んでいたということなんだろう。

「・・・・それって治療すりゃいいんだろ?」

「うん。まあ、どうなるかはわかんないけどね・・・」

煮え切らない環に高久は首を傾げた。

「なんでやんないんだよ」

「本格的に治療するってことは、夫も参加しなきゃいけないわけよ。昔はね、こういう場合、女の人だけに原因があると思われてる事多かったんだけどさ。今は、どうも男の人の方にも原因があるってわかったのね。で、病院に行って検査してくられないかって言ったのよ。それが本人はね、嫌よね。気持ちも分からなくもないけど・・・」

「いや、すげーわかるよ。あちこち調べられて、結果ダメ出しってすげえヘコむよな」

「だよね・・・」

「でもよ。センセーはそれずっとやって来たんだろ。ダンナは知ってたんだろ」

「うん。まあね」

「だったら、今度はダンナの番じゃんか。はっきりした方がいいんじゃねえ。つうか、そしたら離婚するとかそういうこと?」

「そこまで話してない。考えるのが嫌で話し合うのも先延ばしにしてるんだから、彼」

「でもさあ。実際子供がそんなに欲しいわけ?」

「・・・え?」

「あんたもリョータも別段子供好きじゃねえだろ。子育ての自信もねえだろ。すげー子供好きだったら、保育園とか幼稚園の先生になってるはずだし」

「私で普通くらいじゃないの?そんな誰も彼もが熱烈に子供好きで産むとかじゃないんじゃない・・・?」

「うーん。わっかんねえなあ。出来婚じゃねんだから、結婚するキッカケが子供じゃねえのに、子供できねえと離婚すんのかよ。そんな何もかもドンピシャで行くわけないじゃん」

「そりゃそうだけど・・・・」

案外まともな事を言われて、戸惑った。

高久が、言い訳してみろよ、と顎を上げた。

「・・・・なんというか、ですね・・・」

「おう、なんだよ」

「・・・そりゃ、保育士さんになれる適正も才能とかないよ?でも、子供いたら、楽しいだろうなーとかさ・・・。可愛いだろうなあとかさあ・・・。まあ、毎年帰省するたびに親からまだ子供産まないのとかせっつかれてるのもあるけれど・・・」

妹はさっさと結婚して、娘を二人も生んでいるもんだから、比べられてこっちへの風当たりは強い。

「こう、生き物として、命を繋げないということに、ですね。なんか、私ってダメなやつなんだなあ・・・とか思っちゃう部分がある・・・」

自分の遺伝子は地球上には必要じゃないから、何か大いなるものに選別されて産むことができないのかな、とか。多分、夫もそう思っている部分もあるんだと思う。

だけれど、彼は、「おいおいね」とか「流れでいいんじゃない」という受容する事が出来るのだ。自分にはなかなか出来ないわけで。

「そんなことはねえだろ。だってよ、生き物の一番の目的は次の世代に命をつなぐことですってよく聞くけどよ。それってその分野のやつらが言い出したんだよな?」

「はい?」

「だって、そいつらそういう仕事だもんな。そう言うしかないじゃん。でもさ、そいつら、全員子供いるわけ?だとしたらよ、この世の生き物は全部、ミジンコからシロナガスクジラまで、子供産むまで死なないはずだし、死ねねえはずじゃん。勝手に増えてるやつらが居るってだけじゃねえ?」

高久は見てきたのだ。入院していたのは小児病棟だったから、新生児から十代の子供まで年代はいろいろだったが。

自分と同じくらい、いや、自分より小さな子供達の呼吸が止まるのも何度も見てきた。

昨日まで一緒に遊んでいた友達が、もう起きて来なくて、存在がなくなってしまうのを。

「子供産んである程度したじーさんばーさんも、子供産んでねえじーさんばーさんも皆さっさと死ぬはずかと思えばそうでもねえし。外来も病棟も病気で元気なジジババでいっぱいだったし。つうことは、だ。その優秀な遺伝子うんぬんて考えは間違ってる」

確かに、生物として優れているものが生き残り、そうでないものは淘汰されるのだと、ずっと習ってきた。野生とはそうであると。本来生き物の姿はそうなのであると。

自分が死にそうなもんだから、いわゆる淘汰される側なんだろうと子供の時ずっと思っていた。自分も、必要ないから死にそうなのかな、と子供の時に何度も思った。

環も多分似たようなことそうぐるぐる思い悩んでいるわけだ。

「世の中の為になるようなすごいやつとかも独身とかでも死ぬじゃん。俺より全然頭いいやつで、学校なんかさ、病院の中のたまにある小さい分校みてぇなとこしか行ってねぇのに、すっげえ頭良かった友達とかも、死んじまったわけだよ。どー考えたって、そいつが無事に大人になって子供いっぱい作ったほうがいい遺伝子残るはずじゃん」

確かに、その理屈が正しくて、全てに優れた遺伝子だけが今現在残ってるとは思えない。

子供を残すこと、自分の遺伝子をつなぐことだけが生き物の目的で真理だとするなら・・・。

「人間だって結構長いこと生きてんだからさ、世の中今頃、すっげえやつばっかなはずなんだよ。でもそうでもないじゃん」

「うん・・・・」

「なあ?!」

「・・・うーん。確かに納得はいかないけど・・・」

優れた遺伝子、子供を産み、育てる能力に長けた個体がたくさん存在しているとしたら、

多くの子供が出来ない個体が生まれるというのもおかしな話で。虐待も起きないはずだ。

「だろ!?ほら!納得できねえこと、納得すんなよ」

教師にそう言わせて、我が意を得たりと高久は得意気だ。

「多分、それこそいきもの界全体から言えば、産むとか産まないとか、あんま関係ないんじゃね?」

少子化が国の喫緊の課題であるなどという時代において、高久の考え方は、それこそ反社会的なものだろう。

たが、そこに罪悪感なんか感じてる余裕は、小さな高久には無かったし。

少なくとも、自分が入院している間、死にたくて死ぬやつなんか、誰もいなかった。

頑張りすぎるくらい頑張る子供ばっかりだった。

わがまま三昧で、言いたいこと言って、やりたい放題だった自分が珍しいくらいで。彼らの代わりに、そうしていた部分もあったのだ。

そうしない、できない子供達の代わりに高久は、叱られ、そして可愛がられていた。

「お前、いっつも悪さして怒られてんなあー」

病気で家族に多大な迷惑をかけている自覚がある子供達は、高久のように問題行動は起こさない。呆れたように高久はいつもそう言われていた。

だが、高久は散々やって、怒られて、叱られて、それでも周囲に愛されていた。

それでも愛されるのか、と他の子供達には新鮮だったようだ。

そうだ。もっと言いたいこと言え。やりたいことしろ。もっと可愛がられろ。

そんな高久の丸出しの行動は、確かに困ったものだったけれど。

高久の問題行動を参考に、ほんの少しだけ我儘になった子供達に、看護師達は密かに喜んだ。まあもちろん、その我儘も高久ほどではないが。

ふくれっ面で高久は続けた。

「だってよ。どんな子供産まれるかもわかんないじゃん。なんで都合良い方良い方に考えて、ちょっとポシャると、解散なんだよ。いいじゃん、そのまま続けたって」

高久がふくれっ面で続けた。

「俺、心臓悪いとか言われて何回か手術して。もう治ったって言われたらさ。母ちゃん、責任果たしたから自分の人生生きるとかなんとか言って父ちゃんと別れたんだ」

まあそもそも。無理のある結婚だったのだと父は言った。

いわゆる政略結婚で、大学を卒業してすぐに父と結婚した母は、兄を産み、そして年の離れた自分を産んだらしい。

「今はニュージーランドってなんか羊いっぱいいる国?そこで再婚して、新しい家族と暮らしてるらしくて。詳しくは知らないけど。前、テレビでやってたんだよね」

いきなりの告白に環は驚いた。

「ええ?なんでテレビ!?」

「あるじゃん、日本人の女が海外で現地の人と結婚して、どんな生活してるか、みたいな番組」

確かに、それは前夫の子としたら複雑な心境かもしれない。

「俺たちのことは、終わったことですからって感じに言われてたし。過去は忘れて前向きに生きてます、的なよ」

どのような意図で作られた編集の番組構成かはわからないが、そうか、それはショックだったろう。

「病気、再発したのは、お母さんは知ってるの?」

「父ちゃんが言うなって。別に言う気もないけど」

そういうことだったのか。

なんだか自分が思った以上に複雑な話のようで。

「ねえ。お互いの体が戻るかわからないよね。だから、それまで慣れようって言ったよね、高久」

「うん・・・」

「今のところ、私、実感としてこの体使ってて、具合悪いな、とか無いのよ」

「俺も大して無かったよ。まあ、体育とか手抜いてたしな」

たまに胸が苦しいかな、と思った時に甘い味をつけたニトロを舌の裏側に放り込んでおくとそうのち治るのだ。

しかも、度々あるものでもない。三ヶ月に一度くらいだった。

「すげー疲れたり、不規則な生活してるとなりやすいみたいだけど」

そっか、と環は頷いた。

「・・・心臓って不思議でさあ。私、学校で、ネズミの赤ちゃんの心臓が動きだす瞬間っていう映像見せられたことあんのよ」

まだゼリーかグミのようにしか見えない小さな塊の、これまた小さい飴みたいな心臓がいきなり、ピク、と動きだすのだ。一度動いたら、鼓動は規則的に続く。

「心臓って、脳が命令だす前に最初に心臓が動くんだって。体を動かす機能は脳が全部やってるはずなのに、最初に心臓のエンジンかけるの自分なのよね」

自動細胞というものがあるらしいのだ。それが、心臓に電気を走らせる。

「へえ。心臓すっげえな」

「そう、すっごいのよ。あのね、うちのばあちゃん、すっごい元気だったの。肉や乳製品が好きだったせいか、筋肉質だったし骨密度高かったし。素手でタヌキとか鮭捕まえてたし。でも心臓が悪かったのよね。いつものようにご飯たらふく食べた後、猫抱いて寝っころがってるうち、ぽっくりよ」

しばらく誰も気付かなくて。

猫も一旦寝だすと長いものだからそのまま一緒に寝ていたのだ。

母が、三時のおやつに好物のいよかんとカレーパンを持って行ったら、すでに心臓が止まっいたらしい。

「・・・それって、いい死に方じゃねぇ・・・?」

「うん。そうなの。近所の年寄り、羨ましがって拝んでたもんね。普通、心臓って苦しむしさ。で、うちのじいちゃん。昔から体が弱くて、喘息だの肝臓が悪いのだのいろいろ小病気タイプで。毎年正月に餅食って死ぬ死ぬって言いながらご健在なのよ。心臓が強いかららしいの。人間って、心臓が動いてるうちは生きてるのよ。でも、心臓っていうのは、突然止まるの」

高久が、表情を変えた。

「あんたはまだまだ生きれるのよ。私の三十代の体なんかより、もっと長く。あんたに体を返した時、もっといい状態で返してやりたい。手術が嫌だって言うなら、私がこのまま受けるから。・・・仕方ないって言うなら、受験だって、就職試験だって代わりにやってやってもいい。だから、今はとりあえず治療しようよ」

有無を言わさぬ口調で環がずいっと迫った。

高久がしばらく考えてから、観念したように頷いた。

「わかった。・・・じゃ、俺は。俺も、その、不妊治療した方がいい?」

「ううん。しなくてもいいよ。だって、夫の意思もあるでしょうし。話してみないと」

「だな。まあ、リングの上にも出てきてねえからな、アイツ。ちょっと喋ったけどさ、どーも小心者で外面いいっぽいよな。でも親切でいいヤツだった、うん」

すっかり気心知れちゃって。環は苦笑した。

「なあ、ついでに・・・も一個いい?」

「なんでも言って。進路とか?決まったの?」

「う、ううん。それはまだ考え中。・・・じゃあさ、あの・・・実はさあ・・・」

高久が、えへへという感じで笑った。

「あの・・・多分近いうち、呼び出されるかもしれないんだよね」

「誰に?なんで?」

「うん、学園長」

「はあ?何したのよ。ここしばらくは私があんたやってるんだから、何も問題は起こしてないんだけど。もっと前の話?」

素行には自信がある。ついでに言えば、勉強までちゃんとしているから中間テストにも自信がある。

「このままだと、私、学年十位以内に入っちゃうかもね。ま、二回目の高校生だからというのもあるけど」

「うっわー頼もしーなー。・・・あのさー、ほら、ユカパイがさ、生徒とデキてたって話あったじゃん」

「・・・え?ああ・・・。まあ、直接私が見たわけじゃないからなんとも・・・でももし本当ならC組の子かなあなんて思ってたんだよねえ。ほら、紫先生、吹奏楽部の顧問でしょ。C組の子多いから」

放課後はもちろん、朝練もある。夏休みや冬休み等の長期休暇中にもほとんど毎日顔を合わせるわけだし。

「あの狭い音楽室だもの。恋愛感情が芽生えることもあるかもしれないじゃない?」

ちょっと女ならではの勘を働かせてて推理してみた。

感心して高久は頷いた。

「いやあ、そうかあ。勘も悪いな、センセー。大体、いつも顔合わせるようなやつだとバレる可能性も高いじゃん?勘も悪いし、恋愛経験値が低いのなあ。それ俺なんだよね」

てへ、ごめんネみたいな軽い口調。

環は思わず立ち上がった。

「ちょっとぉぉぉぉぉぉ・・・・・っ」

激昂した環が丸椅子を蹴り立てた。

「わわわっ・・・落ち着けってっ」

「何よそれ!何やってんの、アンタ!」

「お、怒んなよ・・・!なんでも言ってっつったのそっちじゃんっ!?」

「へらへら笑ってんじゃないわよっ。なんでそんなことしたのっ!?なんで?!」

「ええっ!?だって、興味があるお年頃じゃん!誘われたら、嬉しいじゃん!行くじゃん!?」

「そこがバカだってのよっ。このバカっ」

高久は言い訳するのを止めて、とりあえず下を向いていた。

環はまだカッカしていたが、はっとした。

「・・・そしたら、私が知ってることになってるじゃないの」

修学旅行中に、それらしきことを学園長に言ったのは、高久だ。すでに環の体と取り違っていたのだから。

呼び出されるのは、まずは自分、つまり高久のはずだ。

「・・・・聞かれても、絶対知らないって言いなさいよ」

「えー。別に俺バレてもいいけど。だって、俺だけじゃないんだもん。一年の水泳部のヤツとかさ。三年の生徒会のヤツらも・・・」

環は動悸がしてきて胸を押さえた。

椅子に座りなおすと、深呼吸をした。

突然しょんぼりしはじめた高久が、やっと聞き取れる程の声で、「・・・俺・・好きだったのに・・・」そう言った。

今になって初めて、自分の気持ちを自覚したようだ。

環はベッドに入り込んで布団にくるまって、おんおん泣いている高久にティッシュを渡した。

そもそも紫に、真剣に交際するつもりがあったとは思えない。

「こっちは付き合ってるつもりでいるじゃん?そしたら、同時進行でしかも他にも相手いいるって。なんでって聞いたら、ウザいって言われて・・・。もう会わないって・・・。ショックで、お願いだから会ってくださいって何回も頼んだんだけど・・・」

「バ・・・」

カじゃないの、は飲み込んだ。可哀想すぎて。

「そしたらそのうち、連絡とかしても無視されるようになってぇ・・・」

まるで何もなかったかのように。

「なんでだと思うぅ・・・?」

いや、だから。別にアンタの事、好きじゃないからウザくなったんでしょ。

・・・とは言えなかった。

「それ、誰かに言ったの?」

「言えねえよ。まだ続いてる時は、バレたら、ユカパイ、淫行とかになっちゃうだろ、先生なんだから。フラれた後は、カッコ悪くて誰にも言えないじゃんか」

彼なりに、ちゃんと相手の事を考えていたらしい。不実な相手ではあったが。恋人とは言えない相手だったけれど。

環は自分の手のひらを自分の頬に当てた。気の毒になってきた。

「女子だとさあ・・・そのくらいの年だし、友達と恋バナ話したりして、楽しいのよね。自分の話じゃなくても、聞いてるだけでもねぇ。・・・誰にも言えないとなるとさぁ、辛いよね。・・・うちのクラスでも星とかさ、結構おマセさんじゃない。高専の子と聖エリザベト女子の子と黎明附属高の子だっけ」

「・・・先生、知ってんの?」

「星に、毎日聞かされてるもん」

男子もこんな浮ついた恋バナするのかと驚いたくらいだ。

「星、マメだからさー。文化祭に行くって全員と約束したらしいよ。どうするんだろうね、自分とこの文化祭は。時期同じなんだからどっかとはバッティングするでしょ」

「・・・バカだな、あいつ」

高久が鼻をすすりながら笑った。

「でもさ。いいよな。そうやってさ。彼女と文化祭に行く約束とかしてみてぇ・・・」

うら若い男子高校生に、気持ちの伴わない忍ぶ恋は堪えたようだ。

待ち合わせとかしてみてぇ。と、布団の下でまだ鼻水をすすりながら言っている。

「次はそうしなさいよ、ね」

環は布団の上か頭ぽんぽんと高久の頭を叩いた。

「ま、初恋と初体験は、自分の体で出来たじゃない。本格的な失恋の痛手は、私の体でよかったじゃない。そんなんじゃ心臓止まっちゃったかもよ」

冗談じゃなく、考えられる。

高久は、素直に頷いた。

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