第13話 女教師の夫

高久は今日もデパ地下に寄り、ご機嫌で帰宅した。

ここ数日、ケーキが主食、チョコレートがおかずという夕飯だ。デザートはアイスクリームだ。

味噌汁代わりのミルクティーを冷蔵庫から出し、服をポイポイと脱ぎ捨てると、下着姿でソファに身を投げ出した。

「あーーー、つっかれた。女の服は鉄でござるーっ」

その上、ストッキングまで履けと来た。

「めんどくっさー」

そう言って起き上がり、フォークを抹茶のロールケーキに刺した。

三分の一ほどを一気に頬張る。

「んっ。うめっ」

これはうまい。今までは、抹茶系は苦くて嫌いだったのだが。

甘酸っぱいはいいが、苦甘いとか、辛酸っぱいとかそういう味は嫌いだった。辛いものも大嫌い。

「抹茶、うまいじゃん」

女の体というものは、ずいぶんと食のバッティングゾーンが広いようだ。

どれ、こっちも・・・と、パンダの形のケーキを取り出した。

立体的にパンダの形にしたケーキは、生クリームでデコレーションされているぬいぐるみのようだ。

「これを包丁で切るのはカワイソーだよな・・・」

悩んで、思い切って頭にかぶりついたところで、見知らぬ男と目があった。


 目の前の妻の姿を、食い入るように金沢諒太は見た。

なぜか下着姿、それもブラジャーとトランクスで、パンダに食らいついているのだ。

「おわぁぁぁぁっ、誰だよ、オメーッ」

パンダから口を離して、ケーキのかけらを口から飛ばしながら高久は叫んだ。

「ん。ん・・・?」金沢

高久は、相手の顔をまじまじと見た。

環に見せられた、夫ではないか。

「あー、ケーサツカンの・・・?」 

いよいよ心配になってきた。

「金沢くん・・・っ」

「なんで、どうしたの・・・・?!・・・たまちゃん・・・!?」

どうやら、半裸でいることを驚いているようだ。

夫婦とは、相手の裸を見て驚くものなのだろうか。

女子との交際経験のない高久にはわからないが。マンガやアニメでは確かに、ラッキースケベ状態で女子は悲鳴を上げているが。あれは別に付き合ってない、かつ若い二人だからじゃないのか。

そっか。結婚状態にあっても、オバハンとオッさん同士でも驚くのかあ。

「あ、これ?これね。今服着ようとしてたんだけど・・・」

ごまかすと、高久は適当にシャツを羽織って、ソファの下からズボンを引っ張り出した。

「それ、俺のジャージだけど・・・」

「・・・え、ああ、いーじゃん、貸してよ」

そう言うと高久は恥ずかしそうに、ソファに座り直す。

帰宅するのは約二週間ぶりだが・・・なんだかいろいろ変わったようだ。

フクロウだらけだった玄関にはなぜか、ご当地提灯や木刀が置かれていた。

さらに変わったのは、妻本人。こんな虎柄の下着など、持っていなかったし、身につけるタイプでもなかったろう。あまりにも自分が不在にしすぎて、グレてしまったのか。それとも、もともとこういうタイプで、自分は騙されていたのか。それとも・・・。

「あ、頭でも、打ったのか・・・・」

「そうそう!そうなんだよ。よくわかんな!さすが夫婦。修学旅行に行ったじゃん。そこで、沼あったのな、で、落ちたんだよ」

「ええ!?」

「大丈夫、別に骨折とかしてないし。風邪もひかなかったし。そうだそうだ、お土産な。お菓子は、賞味期限過ぎちゃいそうでさ。食っちゃったんだよな。でも代わりにホラ、玄関の木刀と提灯。あれ、お土産だから」

「え。ああ・・・あれ・・・」

自分へのお土産だったのか。自分が警察官だから、シャレのつもりで提灯持って捕物にでも行けと云うことだろうか・・・。

妻の性格がずいぶん、粗雑になったような気がするし。化粧が大分落ちているが、目が記憶の倍はあった。全体的に、派手になった。やっぱり、不良になったのだろうか。

非行のサインは、服装、持ち物、言葉遣い、友達の変化だ。

「あ、飯は?」

「いや、食ってきた・・・」

「あっそ。ケーキ食う?」

「いや、いらない・・・。着替えだけ取りに来たんだけど、あとまたすぐ出るから。来週中には帰ってこれると思う」

「ふーん・・・それってあれか。事件が解決しそうなわけ?」

「・・・うん、多分」

職業柄、守秘義務があるし、あまり家族にも詳しくは話せないし、今まで聞かれたことはない。しかし、今日の環はやたらとイキイキして食らいついてきた。

「ふーん、そっか!・・・じゃ、さ、アンタ、忙しくない時期は何やってんの?」

警察官に奉職して間もない頃、交番勤務で警邏中に度々出会った、夜の街を徘徊する男子高校生のような口調で詰問する妻に、たじたじだった。

「言えねーのかよー・・・ふーん。奥さんが聞いてるのに。あんたぜんぜん家で飯食わないんじゃん。冷蔵庫のあのおかずの在庫の山、見たことあんの。・・・まあ、食っちゃって今ないけどさあ」

つーかさあ・・・と、じろりと頭のてっぺんから、下半身あたりで視線を止めた。

「あんた、ほんとに仕事してんのー。浮気とかしてんじゃないのー?」

「な、なに言ってんだ・・・?」

「おっかしいじゃん。いくらケーサツ官でもさあ、・・ええと、あんた、係長なんだろ。たいして偉くもねーけど、もうパシリでもねえじゃん。もしかしてまだパシリなのか、おっさん。でも友達が、そんくらいのカイキューのヤツが一ヶ月帰れない事件なんて、あんたのまわりで起きてないって言ってたんだよね」

同じクラスの星正義が、彼の父親が警視正だった事を思い出し、ちょっと職員室に呼びつけて、調べてこいと脅したのだ。

星は、なんでそんな事を知りたいのか、わかった、旦那の事だなーとか余計な詮索をし始めたので、最近、星がラインを通じて親しくなった他校の複数の女生徒と頻繁に会っていること・・・つまり三股していることを彼女たちにバラすぞ、親にも言うぞ、三者面談すんぞコラ。と凄んだ。ついでに、清い交際を心掛けろ、とも加えた。

青くなった星は、わかりましたと言って、何をどうやったのか調べてきたのだ。

さすが祖父、両親共に警察官で自分も警察官志望のやつは違う。雑学というか、警察官あるあるも豊富だ。

「警察官の、友達いたの?」

「いやだから、そいつのオヤジが・・・って、そんなことどーでもいいだろ!?あぁっ?!やっぱ浮気か、コラッ」

「だから浮気って・・・」

普通、しばらく会っていない妻がこれだけ派手になって、更にすっかり非行に走った様子であれば、こっちが疑いたいくらいだ。

しかも、パシリだのおっさんだの。最近ちょっと自覚があるから、余計心に刺さった。

だが、妻によるこの仕打ちが、浮気ではなく自分に対する反抗と思うのには、理由がある。

「・・・わかった。この間のことが原因なんだな」

涼太が深くため息をついて、がっくりと肩を落とした。

「悪いんだけど・・・ちょっと時間を欲しい。自分でも情報を集めてみたいから」

なに言っちゃってんのコイツ、と思ったが、尋常じゃない様子に、高久も無言で頷いた。

「・・・あ、着替え取りに来たんだろ。早く持ってけよ」

言われて、涼太は着替えを紙袋に入れる為にクローゼットに向かった。

普段なら、すぐに持って行けるように環が用意した着替えが入ったスポーツバッグが用意してあるのだが、見当たらない。自分で適当に紙袋に着替えを詰める。

じゃあ職場に戻ると言うと、妻は、おう、と頷いた。

「しっかりハンニンとっ捕まえてこいよ。・・・あとさ。なあ、ケーサツ官になんには、どうすりゃいいの?」

きらきらとした目で、ノートを出して来た妻に、いよいよ不安を覚えた。

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