第12話 生徒たちの心を知る

早速、ラーメン屋である。

「おー、ここだよ、高久。ネットですげーうまいって」

東海林、高橋を含むクラスメイト5人で、学校帰りに四十分かけてラーメン屋まで遠征に来たのだ。そして二十分並ぶのだ。

こいつら。こんな元気あるのなら、部活にでも入ればいいのに・・・。

環はすでにくたびれ果てていた。

「ここ、とんこつラーメンなんだけど、自分で、辛さとかトッピング決められるんだ」

「マジかー。じゃ、俺、チャーシュー追加だなっ」

「俺、全部倍盛りだな」

しかし今まで、まともにこういうラーメン専門店にあまり来たことはないので知らなかったが。ラーメンというのはなかなかいい値段だ。全部盛りにしたら千二百円で、倍盛りにしたら千六百円くらいになるではないか。

ちょっとしたランチが食べれる。この丼一杯に、二千円近く払うのか。

「高久は?」

「えーと、じゃあ、これ。全部盛り。辛さ5倍で」

「ご、5倍かよ。高久、やめろよ!ここの辛いぞー」

「平気平気。辛いの好きだから」

事実である。甘いものも大好きだが、辛いものもお酒も大好きだ。

「マジかよー。お前、カラムーチョも食えないじゃん」

「そう、だっけ・・・?」

高久は辛いものが苦手なのか。

「好きになったんだよ、最近・・・」

そうこうしているうちに、目の前に丼が運ばれてきた。

スープが真っ赤である。

「うわっ。湯気が目にしみる・・・っ」

東海林がおしぼりで眼鏡の下の目元を抑えた。

環はごくりと喉を鳴らして、カウンターにあった2リットルはあるだろう業務用の酢を丼から溢れんばかりに注いだ。

「何やってんだ、お前・・・。うっわ・・・すっぱくっせぇ・・・」

私は、ラーメンには酢なのよ。

男って酢のもの嫌いよね。だからバカなのよ。とよく実家の母が言っていた。彼女は看護師であるが、医学的根拠は全くない。

ラーメンのスープは飲まない主義の環だったが、半分飲んだ所で、餃子とライスも注文し、全部スープに入れて食べた。

「はー、すっげーうまかった・・・・」

感動的なうまさであった。確かに、二千円の価値はある。

「だろー。すっげーな高久。いきなり辛いの食えるようになったんだなあ」

「え、うん。・・・いや、こういうとこのラーメンて、やっぱうまいんだねえ・・・」

今まで、ラーメン一杯に並んで食べるなんてバカバカしいと思ってたけど。なんという満足感だろう。

「うん、また来ような。俺今度は全部盛りにするわ」

店の主人とスマホで画像も撮り、インスタグラムのフォローも約束して店を出た。

「あのさあ・・・。皆、進路とかって、もう決めてるよね・・・」

心配になっていて、帰り道、歩きながら環は訪ねた。

「なに、突然、進路ぉ?」

高橋が、コンビニで買ったアイスを食べていた手を止めた。

「いや、突然・・・でもないんだけど・・・」

四月にも、夏休み前にも言ってるんだけどね、先生・・・。

皆、聞いてなかったのかな。

「ま、俺は留学するじゃん」

「はあっ!?えええっ!?聞いてないよねっ?」

面談の時に、そんなこと少しも言われたことはない。

「言ったじゃん。つうか、高久、知ってんじゃん。高橋んち、高校卒業したら、皆、一人でどっか留学しなきゃなんないんだぜ。武者修行的な。メンドクセーよなあー」

「だよなあー。俺、今、駅前の語学スクール行ってんの。あとは、自分で部屋探して。あと学校決めて。俺、ご飯炊きと、カレーと焼きそばは作れるんだけどさ、おかずっつうか、そういうのがまだ無理なんだよ」

自分の次の進路について、着々と準備を進めているようだ。

そうか。高橋、そうなのか・・・。

「えっと、東海林は・・・もちろん医大・・・?」

特進組のB組と比べても遜色ない成績なのだ。父親も医師であるし。進路は概ね決まっているものだろう。

「いやー、俺、やっぱJRにするわ」

「はあ?」

「東海林はてっちゃんだもんなあー」

「ほんとは高校卒業して就職したいんだけどさ。早いうちから現場出たいんだよねえ。なあなあ就職活動ってどうしたらいいと思う?」

「まあ、普通にエントリーシートをダウンロードして、応募する形だと思うけど・・・」

「面接とかはどうしたらいいんだろう。すごい苦手なんだよなあ。鉄道の話なら何時間でもできるんだけど」

「いやあ・・・面接官も受験者もそういうのばっかりだと思うよ。鉄道の話して来ればいいんじゃないの・・・」

「そっか。そうかなあー」

しかし。知らなかったな。教師として、担任として情けない。

そりゃ、友達には話せても、大人に話したくないというのはあるかもしれないが。

でも、生徒たちの大事な進路だ。

自分だって、微力ながら何だって協力するつもりでいたのだ。

「それ、一回目の進路調査の面談の時に、言ってないよね?」

「キンタマに?」

しかし、何度聞いてもショックなあだ名だ。

「・・・いや、うん、・・そう、金沢先生にね・・・」

「言ってねえよおー」

「なんで、言わないのっ?高橋っ」

先生、そんなに頼りないかい?!

「だって絶対、心配するじゃん。あいつ真面目だからさあ。私も不動産屋までついてくとか、留学先の大学まで行くとか言うに決まってるって」

「だよなあ。絶対、JRに、受かるにはどうしたらいいかとかお菓子持って聞きに行っちまうよなあ」

・・・・・見透かされている。ああ、やるわ、私・・・。

でも、こういう形だけど、生徒たちのそれぞれの気持ちを知れたのは、嬉しかった。

そして、自分の教師として資質の低さを、更に申し訳なく感じた。

環はがっくりとうなだれた。

「お。どうした。つうか、高久もさ、いろいろ考えてナーバスになってんだろーけど。お前は仕方ないよ」

「だよなあ。俺だって、二十歳まで生きれないとか言われててさ。進路考えろって言われたら、困るよなあ・・・。ヤケになんないだけ、すげえと思うよ」

環は、驚いて黙り込んだ。

「だよな、お前、最近なんかお利口だしさ」

「うんうん。服もさ。前は、へんちくりんな服着てたけど、今は割にフツーだし。・・・ごめんな、今だから言うけどさ、あれ、俺、すっげえダセーと思ってたんだ・・・」

高橋と東海林と駅で別れると、環は、一人、高久邸までの道のりを歩いていた。

周囲はすっかり暗くなっていた。

高久は二十歳まで生きれないと言われていたのか。治ったというのは、嘘か。

高久に問い詰めても、きっと詳しくは話さないだろう。

早いうちに、主治医に会う必要がある。

父親に言うか。兄の方がいいのか。

それとも、子供の時から一緒に居る、しなのさんに聞いてみようか。

彼女は、高久の一番近くにいるのは間違いないし、高久の体調も大体把握している様子だった。それが一番自然かもしれない。

環は、インターホンを押した。しばらく置いてから、ドアが開いた。

「あ、いっちゃん、おかえりなさい・・・」

というなり、ずるずる座り込んでしまう。

驚いて環は駆け寄った。

「しなのさん、どうしたんですか?!どこか痛いんですか?」

「屈んだら腰が痛くなって・・。床のものを拾おうとしただけなんだけど・・・」

「え、ギックリ腰かな・・・。ああ、無理しちゃダメですよ」

顔色が悪い。唇も乾いて、ぐったりしていた。かなり脱水もしているようだ。足を見てみると、長時間同じ姿勢でいたせいで、うっ血して、むくんでいる。体も冷たかった。

「タクシー・・・よりも、救急車呼びます」

「ええっ?!ご近所にご迷惑がかかるから・・・。夜間診療に私、自分で行ってみるから」

「この時間なら渋滞してるし、タクシーで夜間診療より、緊急探して貰った方が早いです。夜間診療に整形外科の先生が居ない確率の方が高いですよ。それに、プロック注射くらいじゃ、治らないかも・・・」

環はスマホを取り出して救急車を依頼した。

しなのには、椎間板ヘルニアで入院、退院は未定。という診断が下った。

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