第28話 少年大志を抱く《他力本願で》

「お待たせしました~。和風小倉抹茶クレープです」

「はい・・・」

環はクレープを受け取った。

隣では、山のようにクリームとイチゴを盛ったクレープに五十六が食いついていた。

「・・・あんた、クリーム、だいぶ落ちてるんだけど」

「おっと・・・」

五十六がクレープを頬張った拍子に、生クリームが服に落ちた。

「あー、もう・・・その服、高いんでしょ?」

自分が買った事もないブランドの服らしい。デパートの婦人服売り場の店員が見繕ったものを片っ端から買ってきたもののひとつらしい。恐ろしくて値段は聞けない。

「うん。まあねー。ま、洗えば大丈夫。角のクリーニング屋のおじちゃん、何の汚れでも取れる自信があるっつってたし」

「・・・・まさか服、全部クリーニングに出してんの?」

「パンツは洗ってるよ。あとブラジャーな。手で洗えってデパートの下着売り場のオネエさんに言われたからな。なんか変な気分で洗ってるんだけど」

環はもう聞くまいと首を振った。持っていたタオルハンカチを店員にお湯で絞って貰うと、五十六のクリームを拭き取った。

「私、服、洗うから。あとでよこして」

「え?こういうのって自分で洗えんの?」

やりぃ、と高久は笑った。

ランドリーバスケットに、何枚も溜まっているのだ。

環に押し付けてしまおう。

「うまいー。まじうめー。俺のこれ、ほら。春って感じじゃね?イチゴいっぱいで」

能天気に五十六は食べかけのクレープを見せて、環のクレープと見比べる。

「先生のは・・・敬老の日って感じだな。おばあちゃん長生きしてね、みてえな」

苔むしたように抹茶が振られ、甘納豆や栗の甘露煮が古刹の玉砂利のようにごろごろしている。

「うるさいっ。だいたい、なんでアンタと野外でクレープなんか」

環にとって、イマドキの若者がひしめきあっているクレープ屋の店先で、クレープを食べるなんぞ肩身が狭くてしょうがない。

「今時の若者だっつうなら、パンケーキじゃないの?パンケーキ!」

環が耳で齧った最新の知識を得意気に披露すると、高久は、オバちゃん、わかってないな、と五十六が首を振った。

「あのね。オバちゃん。今はタピオカ」

五十六は、なんのこっちゃという顔をする環をバカにしたように見た。

タピオカというこの世間の一大ブームにもついていけていないようだ。

「クレープを食うつっうのは、イベントなの!・・・お?」

五十六がクリームとジャムべたべたの手でスマホを取り出した。

「来た来た。ヤギが一匹釣れた~」

嬉しそうにメールを見せる。

環は画面を覗き込んで凍りついた。

「は?は?なんで、青柳先生と、私がお食事しなきゃなんないのよ?」

「まさにお食事件だぜー」

「・・・今、汚職事件関係ないよね・・・?」

「え?お食事することをいうんじゃねえの?まあいいや・・・」

五十六はチョイチョイと簡単にメールを返した。

「ん。よし。来週、折り入って、ヤギとしゃぶしゃぶ食ってくる」

「なんで・・・?」

全く話が読めない。

「本当のこと話すつもり?いくら医者だって信じてくれないよ?」

アナクロな毘沙門様ではなく、現代医療に助けを求めるつもりだろうか。

とすると、脳神経科あたりの医師を紹介して貰うつもりか。

「違うってー。・・・オレ、わかったんだよ。・・・先生、今モテキなんだよ」

「はあ?」

「だってよ、兄ちゃんだろ、あと青柳先生。考えてみるとよ、あんなんだけど、兄ちゃんは、一部上場の会社のリーマンだしよ。しかも、ポカしなきゃ、シャチョーだぜ。あ、ポカしなきゃだけどな。ポカしそうだけどよ。んで、ヤギ先生は、ほれ、あの通り、医者だしよ。オニ先生の弟子ってだけでも、実はあの人すげーらしいよ。エリートリーマンと医者だよ、先生!どうよ!?」

興奮して五十六が迫ってくるのに困惑して環は体を退いた。

「どうって・・・。でも私結婚してるしねえ」

反応の薄い環をじれったそうに五十六は環の背中を叩いた。

「あんた、補欠とか控えの選手だけどさ。試合から降りたわけじゃねえだろうよっ・・・しっかりしてくれよ先生。あんた、チャンスなんだよ?!」

「いやー、どっちかっていったら、ずっとピンチですけど・・・」

修学旅行以来、ずっと混乱と危機の真っ只中である。

「ピンチはチャンス!いいかあー、先生は、俺の体をパーフェクトな状態にする!できれば大学も合格して欲しい!」

「ええ・・・、そんな、あんたに都合良くない・・・?」

「だって。もしかしたら体戻らないかもしれないじゃん。大学四年もありゃ、さすがに戻ってると思うしさあ。まあ無理なら、筋トレもして警察官試験も受けてください!」

「・・・えええー。やだー・・・」

なんという壮大な他力本願のせこい計画だろう。

また大学に行けというのか。しかも、男子学生として。

「やだじゃないよ!・・・んで、俺は。とにかく、同時に、諒太と、兄ちゃんとヤギ先生を手玉に取り、一番いい物件をオトす!」

「ええー!・・・バカじゃないのあんた・・・」

あまりにも呆れてしまった。

高校生ってこんなバカなことを考えるのだろうか。いや、こいつだけか。

「なんだよ、嬉しくないのかよ?先生の人生、伸るか反るか、ベットするのは今だ!」

「・・・だってさあ。モテキったって、モテてんの私じゃないし。中身が違うんだもん。あんたそんなの、嬉しいと思う?」

「・・・なんだよ。だったらよ・・・俺だってそうじゃん。学年会議でもさ、最近の高久は素行もいいし成績も右肩上がりだとかえらい持ち上げられてよ。テストの結果張り出されてたじゃん。学年7位なんか取ってよ。進学組のやつら、すげー悔しがっててよ。ザマーミロと思ったけど・・・。でもそれって、俺じゃねえし・・・フクザツだよな」

環もため息をついた。

「・・・お互い、自分じゃないほうが評価高いってさ・・・。・・・今までがすごくダメ人間だったって気しかしないわよ、私・・・」

五十六と入れ替わってから、間違いなく外見も良くなったし、仕事の評価も高いし、夫も向き合ってくれるようになった。職場での友人も出来た。その上、男性二人が自分に好意を持ってくれているという。

でもそれは、全部自分の成果ではない。

「それに、父ちゃんも兄ちゃんもよく帰ってくるようになったみたいだしよ・・・」

ぽつり、と五十六がつぶやいた。

「俺じゃできないこと、先生が全部やってくれて・・・」

それはこっちだって同じだ。

「私だってそうよ。・・・気持ち的には複雑だけど、あんたが放り出さなかったから、私は仕事も続けられてるし、ありがとうね」

「おう。俺も。まあ、サンキューなっ。これからもじゃんじゃん点数稼いでくれよなっ。あ、俺一個大事なことやってないじゃん!

「何よ?」

「俺だけモテてない!先生、マジでモテレベル低いんじゃねえ?俺、来年こそはバレンタインにチョコ貰いたいんだよ!」

「・・・チョコなんかほぼ毎日食べてるんでしょ?」

しかも環には手が出ないような高級黒船チョコ。

「違うよっ。彼女から貰いたいのっ!」

「・・・だって彼女いないじゃん・・・」

「だからー、ほらほらっ。バレンタインまでまだあるじゃんっ」

作るところからやれと・・・?

「・・・じゃ、とりあえず、来月。ほら、東海林の妹の学校の文化祭行くから。その時に、ちょっと見学というか・・・」

「え?!マジ?!ほんとに行くの?俺も行きたいっ!ずるいっ」

身悶えして高五十六は悔しがった。

本当に。できれば、来月に入ったらすぐにでもなんとかしてくれないだろうか。

毘沙門様が帰ってくるまでの、あと二週間があまりにも遠く感じた。

一ヶ月もの間、世の人の平安の為に神々は、集ってサミットをしているわけだ。

それだけでも、ありがたいものだと環は思った。

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