第34話 女教師、再び生還す

環は、よっこいせ、と寝返りを打とうとした。

が、右腕がしびれて動けない。

・・・・また、体の下に腕を下敷きにして寝ていたか・・・。たまにやるのだ。

左手で右手を動かそうとして、手に硬いものが当たった。

・・・・なんだこれ・・・・なんだこの、細い水道ホースみたいの・・・・。

引っ張ろうとして。気づいた。

ああ。これ点滴か。

あれ。もしかして・・・・。

寝たつもりが、死にそうになってたか・・・?

と環は、ため息をついた。

「・・・・・おお。起きた起きた」

見知らぬ声がした。

どうやら老人のようだ。彼はそのままスリッパの音をさせて、廊下に顔を出した。

「・・・おーい。上に行ってヤギ先生呼んで来てー。起きたからー」

ばたばたと看護師が走っていく音。

誰?

「す、すみません・・・あの・・・・」

「ああ。久しぶりっつっても覚えてないかなー・・・。小児科に昔いた雉子波先生だけど」

へ?と環は目を細めた。よく見たところでわかるわけはないのだが。

「まあいいや。またあとでゆっくり話すとして。・・・今、父ちゃんと兄ちゃんがヤギ先生と話してたから。もうちょっと待ってな」

「・・・はあ・・・。お手数おかけしました・・・」

ようやっと出せた声は、掠れていて、自分でも聞き取りにくかった。

うん?と、彼は眉を寄せた。

「・・・・なんだって、随分、更生したんだなあ・・・。昔は、なんだ雉子、おめーさわんじゃねーとか言って、腹に蹴りが入ったもんだけど・・・」

聞きしに勝る、とんでもない悪童だったらしい。

「・・・その節は、大変ご、ご迷惑を・・・」

「・・・いやいや、いいって・・・お。来た来た」

部屋に高久の父と、兄と、青柳とナースが二人入ってきた。

雉子波は青柳にモニターを見せて何事か話していた。

「・・・すみません、あの・・・」

いい、横になってなさい、と高久の父が手で制した。

「一三には聞いていたんだけど。こんなに悪化してると思わなかった。悪かった」

そんなに悪いのか。

「・・・あの、何が、どうして・・・」

「うん。夕方、学年主任の先生が見回りしている時に、保健室の窓が開いていたから中を見たそうなんだ。その方が救急車呼んでくれたそうだ」

じゃあ。白鳥先生だ。驚いたろうな。悪いことしたな。

白鳥が見回るのが、毎日6時だから、気を失って丸一時間くらい保健室にいたようだ。

環は青柳を見上げた。

「手術になりますか?」

青柳が頷いた。

「うん。早いほうがいいね。来週末の予定で話していたんだけども」

「手術しない場合、半年保たないですよね?」

我ながらかなりシビアな見立てだが、そのとおりだ。

「うん」

「手術の成功率は2割強ですよね?」

「よく調べたね。・・・うん」

ああ、これは、いやだいやだとごねるコースだ、と父と兄は予想したが。

環は、体を起こすと、頭を下げた。

「よろしくお願いします」

青柳が、頭を撫でた。

「がんばろうね」

バタバタと走ってくるような音がし、がらりとドアが開いた。

「・・・あ・・・?」

私だ。じゃなくて、高久だ。

随分走ったのだろう。高そうなきれいなシルクのブラウスがヨレヨレで、葡萄色のタイトスカートは、前と後ろが逆に回ってしまっている。

「生きてるかっ?!・・・しゅじゅつなんか・・・すんなよっ。失敗したら、死んじゃう・・・じゃないかよおおおおっ・・・・!やっぱ、だめだぁぁぁぁっ・・・」

環の格好をした五十六は、息も絶え絶えで、ベッドのかけぶとんにすがりついた。

父兄と主治医が、唖然とその様子を見ていた。

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