第37話 カモとネギ

 風船と造花とぬいぐるみで装飾されたアーチをくぐった。

クラスの友人達と、東海林しょうじの妹が通う女子校の文化祭に来ていた。

たまきにしてみれば、戸惑い、舞い上がる男子高生がおかしく、微笑ましくもあった。

しかし、それ以上に不安だ。

自分だけに言われているわけではないのに、彼等は声をかけられるままに、クレープやチュロスやフライドポテトを買ってどんどん散財してしまう。

入れ食い状態だ。

同じ年頃の女の子に声をかけられるだけでも嬉しいらしい。

たとえそれが「いらっしゃいませ」だけでも。

東海林しょうじの妹が、兄の姿を見つけると若干引いた感じで声をかけてきた。

「・・・うーわ、たくさん買ったねー・・・」

そうそう、こいつら、いいカモだ。

鴨がネギ背負って現れた。牛がタレしょって現れた。

という、もう食べるっきゃない的な昔の焼肉のタレのCMを思い出し、たまきは笑いが止まらなかった。

「・・・こいつ、妹のうめ

東海林しょうじが同級生たちにそう紹介した。

キラキラネーム大流行りの昨今、これまた古風な名前ではあるが、兄と同様、家庭の事情でつけられたらしい。

女の子は、植物の名前をつけるのが慣例になっていたのだ。

五十六いそろくとは面識があるのだろう、梅はこちらを向くと元気いっぱい話しかけてきた。

「あ、いっくん。久しぶり。うわー、本当に学校のパンフレットに載ってるみたいになってる!イメチェンしたってお兄ちゃんに聞いてたけど。前は変なキャラクターみたいな格好だったもんね!あ、ウチのクラス、おでんと流しそうめんなんだ!」

夏なんだか冬なんだかわからないが、思いついたものをやってみようということだろう。

「私、そうめん流す係なんだけど。お客さん来なくて」

少し困った様子で彼女は言った。

「クラスの皆、ずっと待ってるんだけど・・・来てくれる?」

まだ売上がゼロだと言う。

女子高生がずっと待っているという言葉に、男子高校生たちがこくこくと頷いた。

すごい、梅ちゃん。なかなかの達人。

たまきは恐れ入った。

 

 たまきは割り箸と麺つゆの入った紙コップを持って、じっと流れてくるそうめんを見つめていた。

雨樋あまどいを利用し、廊下の水道から伸ばしたホースで水を流して、そうめんを食べさせるという仕組みを考えたらしい。

ただ、麺の色が鮮やかであるのと、たまにスーパーボールが流れて来るのが疑問だった。

「あ、スーパーボールは当たりだから」

と、梅はじゃんじゃんそうめんを流し始めた。

「なあっ、梅!?なんでこのソーメン、全部色ついてんだ!?」

水流が早くて全く取れない東海林しょうじがイラついて怒鳴った。

「色ついてるソーメン、たまに入ってるじゃんっ。あれいっぱいあった方がいいじゃんっ!」

梅も上流から怒鳴り返した。

クラスメイトの女の子達が、本日初めての客、しかも団体客に嬉しそうに、茹でたての鮮やかなそうめんをじゃんじゃん持ってくる。

よく見れば、黒板には、レインボー流しそうめんという文字と、虹の絵が描いてある。

「梅ちゃん、そうめん、ここ置いておくね!」

彼女達が煮ている鍋を見ると、どうもお湯に色が付いている。

かき氷シロップを入れた水で煮ているらしい。

なるほど、これで普通の白いそうめんに色をつけているのかとたまきは唖然とした。

アイディアとしては素晴らしいが。

学校が文化祭で食品を提供するのには、保健所の許可がいるのだが。

その手配や食中毒予防のための指導は、実は養護教員がしている。

・・・・この学校の養護教諭も大変だなあ・・・。と、心から同情した。

イチゴやメロンの香料の香りが教室にむっと立ち込めていた。

えづきながらも、笑顔で食べている男子達がだんだん気の毒になってきた。

《高速レインボー流しそうめん・スーパーボールと共に》を楽しんだというか、苦しんだ後、男子は女子と長く話せると考えついたのか、梅が持って来た美術部の似顔絵を描いてくれるというチラシに飛びついた。

「私、陶芸部だから、美術部と部屋半分づつ使ってるの」

陶芸部は、ろくろ回し体験ができるらしい。

「へえ。やってみたい」

たまきは生徒達よりは年配のせいか陶芸とか籠編み等に興味がある。

学生の頃、美術部はあったが、陶芸が出来る窯はなくて、結局テニス部に入ったのだ。

ああ、懐かしい。

美術室独特の匂いだ。

油絵のオイルと、筆洗の為の石油系の洗浄液の匂い。

ちょっとカビ臭いような匂い、それに土の独特の匂い。

渡された粘土と土の中間のような陶芸土に、たまきは手間取っていた。

結局、マグカップを作るつもりが、小鉢になってしまったのだが、たまきは満足だった。

「思ったよりうまくできた!これで何食べようかなぁ」

たまきは嬉しくなった。

「すごく上手です。釉薬は青ですよね?合うと思います。こちらに名前と住所書いてください。焼いたら送りますね」

陶芸部の部長が、作品に丁寧にナンバリングをしながらそう言っていた。

「あ、いっくんのは焼けたら私、お兄ちゃんに渡すから。送料いらないよ」

手を洗いながら梅はそう言った。

無造作に置いてあった絵の具だらけの青いスモックで濡れた手を拭こうとして、持ち主の美術部の部長に、叱られていた。

だが、二人とも楽しげにけらけら笑っている。

「ちゃんとタオルで拭いてよね・・・ん。この人どっかで見たことある」

虹子にじこちゃん、知ってるの?うちのお兄ちゃんの友達なんだけど」

まじまじと穴があくほど顔を見られて、たまきは戸惑った。

「あっ、わかったー!ねえ、ハルちゃん、ほらっ」

と、虹子にじこは陶芸部の部長の袖を引っ張った。

ハルちゃんと呼ばれた彼女は、メガネをかけ直して五十六いそろくを見つめて、頷いた。

「先週、駅で心肺蘇生してたひと・・・?」

そうか。あの人混みの中に居たのか。

「やっぱりそうだよね!?先週、文化祭の準備で土曜にハルちゃんと部室来たの。その時、駅で見たの。あの時のおじさん、助かったの?」

「はい。もう大丈夫」

そういうと、ハルちゃんと呼ばれた陶芸部の部長がほっとしたように微笑んだ。

似顔絵を描いて貰った男子達が、嬉しそうに画用紙を見せ合っていた。

「いそ!体育館でフリースロー成功したら、賞品貰えるんだって」

高橋が次行こう、と言った。

頷くと、たまきは、梅と二人の少女にそれじゃ、と挨拶をした。

男子達が慌ただしく出て行った後、梅は部長の手伝いをしようと、釉薬を選びに立ち上がった。

指定された色で染めて、窯に入れて、出来上がったら梱包して発送しなければならない。

その様子をしばらく退屈そうに眺めながらスマホをいじっていた虹子にじこがアメリカンドッグにかぶりつきながら、ねえ、と思わせぶりに梅に声をかけた。


 学校ではついぞ見せたことのないような充実した笑顔で、男子達が両手に沢山の駄菓子や景品を手にしていた。

やっぱり女子がいると、モチベーションが違うんだろうな、とたまきは苦笑した。

新体操部やチア部の華やかな演技、千本ひきのクジや、ちっとも言う事を聞かない誰か生徒のペットらしき文鳥による文鳥占い等、一通り回った。

「文化祭って楽しい・・・」

とぽつりと言うと、うんうんと東海林しょうじも高橋も激しく同意した。

残念ながら、弊校の文化祭に、こんな独自性と集客力は無い。

毎年、ほぼ発表会で終わってしまうし、保護者は来校するが、女子学生の姿もあまり無い。

「あ!いたいた。ちょっと待ってー!」

小柄な梅が転がるように走ってきた。

「・・・なんだよ、梅」

梅は、邪魔だとばかりに兄を押しのけた。

「悪いけど。お兄ちゃんじゃないの」

彼女は無言でたまきににじり寄った。

「・・・え?」

にこにこと梅が見上げていた。

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