ペルティエ領編 就職
巻ノ二十一 起きて半畳寝て一畳
一年前、私はペルティエ領の森の中に土地を買いました。元領主であるペルティエの祖父母に売ってもらったのです。小さな池のほとりの一角です。
そこに小さな家を建てていたのが私の卒業に間に合うように完成しました。
花嫁支度金と言う名目で父から贈られた大金があったお陰です。十六で手にしたお金を投資運用して少し増やしていました。
それでもそのお金は土地と家だけでもう八割方使ってしまいました。残りはいざという時の為に貯金しておきます。
私が実際ペルティエ領で仕事に就いても稼げるお金はわずかなものだとは教えられていました。
王宮に勤めている兄や姉の給与とは比べものにならないそうです。けれど私は貴族の暮らしがしたいわけではないのです。
学院卒業後、私は愛する家族に別れを告げてペルティエ領のその小さな家に一人で移り住みました。
私のお城は二階建てで、一階は居間と厨房に手洗いと浴室、二階には寝室が三部屋にその上に小さな屋根裏部屋もあります。物置になる予定の地下室もあります。家の隣には小さな馬小屋兼納屋も建てました。
私は既に自分の荷物を少しずつ運んでいました。これから家具も揃えないといけないし、することは山のようにあります。まだ寝台もない二階の私の寝室には毛布と枕だけしかありません。
間者の里がある山奥はこの家の北側に位置するペルティエの街の反対側だと思われました。里の正確な場所は知りませんが、なんとなくそんな気がしていました。
まず私はダンに贈られたひなぎくの鉢を日当たりの良い一階の窓際に置きました。
「何から始めればいいのかしら……とりあえず掃除よね……」
私が全ての窓を開けて換気をしているところにダンがやって来ました。
「マルゴお嬢様、貴女はどこまで本気なのですか?」
「どこまでもよ、ダン。貴方も知っていたでしょう? 私がこの土地を買って家の建築を始めていたこと。新しい屋敷へようこそ。ねえ貴方はどう思う?」
「良い場所ですし、家もしっかりと建てられていますね。けれど貴女のお屋敷にしては小さくはありませんか?」
「大きすぎるくらいよ。この下には地下室もあるのよ。来て、二階の部屋も見せるわ」
私は二階の寝室にダンを案内しました。
「二階は三部屋あって、ここが私の寝室よ。それにね、この上には屋根裏があるの」
私は寝室の天井にある小さな入口から梯子を下ろして屋根裏部屋に上がります。
「ほら、窓が四方にあるから家の中でも一番明るいの。ここは貴方だけの部屋よ」
「お嬢様……いいのですか?」
「えっと、貴方なら窓から簡単に出入り出来るでしょう? いつでも来ていいし、貴方の希望の家具も揃えるわよ」
「私は窓から出入り可能ですけれども……家の中へは貴女の寝室を通らないと行けませんね……」
「いいの、ここは私と貴方の家なのですから。下の部屋は貴方の寝室でもあるのよ」
「……」
私はそう言ってしまってから、何だかはしないことを大胆に口走ったと気付き、真っ赤になってダンの目を見ていられずに下を向きました。
彼に何か言って欲しかったのに、彼も無言でしばらく二人の間に沈黙が流れました。
「えっと……お茶でも淹れるわね。下に降りましょう」
照れ隠しにそんなことを言ってごまかした私でした。
ペルティエの祖父は仕事を見つけたいという私のために信頼できる診療所を紹介してくれ、推薦状まで書いてくれました。
「ロベール・デュケットという名の気難しいが頼りになる男だよ。もうかれこれ二十年近く街外れで診療所をやっている」
「ありがとうございます!」
「それでもマルゴ、貴女みたいな子がいきなり訪ねて行って大丈夫かしら? あの頑固なロベールのことですもの」
「怖い方なのですか?」
「怖いというよりも仕事熱心で少々頭が固いだけだよ。まあ行ってみなさい」
「そうね、人手が足りていないのは確かなのですから」
「マルゴが働き者で真面目に仕事に取り組むということを彼に分かってもらいなさい」
「はい、早速行ってみます」
さて、最初にデュケット医師を訪ねた時は文字通り門前払いでした。診療所と言っても小さな民家でした。
仕事が忙しいときに行って邪魔をしたくないので、朝一番に訪ねました。私が扉を叩くと不機嫌そうな無精ひげの男性が出てきました。
私の父と同じくらいの歳と思われます。私は勇気を振り絞って口を開きます。
「お早うございます、あの、私をこちらで雇って……」
「あぁ? 何だ朝っぱらから? 急患じゃねえな、うちは物干し竿も新興宗教もオレオレ詐欺も間に合ってるんだよ!」
彼はそう怒鳴るとバタンと扉を閉めてしまいました。
「あの、違うのです!」
私はドンドンと扉を叩きます。
「うるせえ! 一昨日来やがれ!」
駄目でした……折角ペルティエの祖父が書いてくれた紹介状を見せる隙もありませんでした。
このまま戻るのも嫌でした。しばらく様子を見ることにしました。
今はまだ診療時間ではないでしょうが、そのうち患者さんたちも来るはずです。街外れの野原にぽつんと建っている一軒屋で、デュケット先生の住居と仕事場のようです。
私は野原に一本だけ生えている大木の下に座って待ちました。
しばらくすると足を引きずりながら一人の年配男性が歩いてきました。それから荷馬車に一頭の牛を乗せた農夫らしい男性に、子供連れの女性が次々と現れました。
彼らはデュケット医師の扉の前に並びます。
「あの、皆さん診療所に来られたのですか?」
「ああ、うちの子が熱を出してね。あんた見かけない顔だね」
「ここまで歩いてこられたのですか? 赤ちゃんも連れて」
「うちの主人は働きに行かないといけないし、生憎今日は近所に預かってくれる人がいなくてねぇ」
「奥さん先に診てもらいなさい。子連れじゃ大変だろう」
「そうだよ。そろそろ先生も診療始めてくれる時間だ」
年配の男性と農夫の方がお母さんに順番を譲っています。
「あ、では私、先生を呼んでみますね」
そして私は再び診療所の扉を叩きました。今度はすぐに扉が開きます。
「あの……」
「またアンタか? だからうちは何もかも間に合っているって言ってんだろーが!」
「いえ、今度は患者さんがみえています。最初は熱を出した男の子です。診て下さいますか?」
「あ、ああ……」
***ひとこと***
さて、マルゲリットは張り切って新生活を始めました。新キャラも出てきましたね。ドキドキワクワクの同棲生活?でもちょっと違うような……
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