巻ノ十三 可愛さ余って憎さ百倍
姉とマキシムさんがいつものように激しい口喧嘩を始めるのではないかと私はひやひやしていました。
「兄なら二階の自室だと思いますわ、それでは。ティエリーさん、ギヨーム、参りましょうか」
「じゃあまた後でな、マックス」
結局姉は男性二人を引き連れて庭に出て行きました。後には不機嫌そうなマキシムさんが残されています。 二人は想い合っているのにどうしても素直になれないのです。
「あーあ、両想いなのに……なんてもったいない……」
私は庭の奥に歩いていく三人の後姿をぼんやりと見ていて、隣にダンが現れたのに気付きませんでした。
「隙だらけですよ、お嬢様」
「ダ、ダン! 貴方……」
辛うじて大声にならず、ひそめた声で話しかけることができました。
「それに最近は盗み聞きばかりされているようですね。趣味悪くありませんか?」
「そ、それは違います! 私、姉のことが心配で……だって父もドウジュさんにマキシムさんや彼の家族のことを探らせているでしょう?」
「そこまでご存じでしたか。盗み聞きの名人ですね、マルゴ様は。悪い子だ。まあご家族皆ローズお嬢様の恋の行方が気になるということにしておきましょうか」
彼のそんな私を
「そうなのです、父だって何だかんだ言ってマキシムさんのこと、認めているのですしね」
無口なダンが最近は私にも色々と話してくれるのです。こんな何気ない会話がとても楽しい私でした。少しは彼との距離も縮まったと考えてもいいのでしょうか。
そんな話をしているうちに姉と当て馬二頭が散歩を終えて屋敷に入っていきました。
「さあそろそろご夕食の時間ではないのですか」
「ええ、またね、ダン」
彼は私がそう言い終えると同時に他の枝に飛び移ったかと思うとあっという間に居なくなりました。
その日の夕食は大人数でいただきました。
男性陣は固まって座り、私は母と姉と三人で食卓の隅に座りました。
「お母さま、マルゴ、私ティエリーさんと舞踏会に一緒に行くことになりました」
「まあ、お姉さま……」
先程庭でティエリーさんに誘われたに違いありません。姉もティエリーさんも本当にそれでいいのでしょうか。母は何も言わずに微笑んでいるだけです。
「ええ、私もティエリーさんならと思ってお誘いを受け入れたわ。でも私が最初に踊るのはお父さまよ」
「私は予定通りお父さまとご一緒しますわ。お父さま以外の人と踊るのもちょっと……」
私の意中の人は王宮の舞踏会などに出席しないのですからしょうがありません。
「そうね、ギヨームは多分行かないって言っていたけど、アンリは来るかもね。彼と踊ったら?」
気心が知れている従兄のアンリとなら踊ってもいいかなと思うのですが、多分彼の方が私の相手をするのを嫌がるでしょう。
騎士志望の彼から私はやたらと子ども扱いされる上に敵対視されているのです。きっと私が本気で彼と剣の勝負をしたら勝ってしまうということが分かっているからだと思います。
「アンリですか? ガキのお守りはご免だ、なんて言いそうですわ」
「だったらエティエン王太子殿下やトーマ王子と踊ってもいいのじゃない?」
「まあ、お姉さまったら。特にトーマ殿下なんて引く手あまたで、従妹の私と踊っている暇などありませんわよ」
「お母さまはお父さま以外の方と踊りますか?」
「いいえ。陛下やお兄さまが誘って下さったらきっと踊りますけれど、私はお姉さまとお喋りすることになると思うわ」
私も父と踊った後は母と一緒に王妃さまとお話ししていようと思いました。
姉はティエリーさんにエスコートされて舞踏会に行くだけでなく、その一週間前には彼と二人きりで歌劇を観に行っていました。
最初、両親が姉と私の四人で行こうと桟敷席を購入したのです。けれど私はどうしてもその演目は観たい気分になれませんでした。
「私ちょっと悲恋ものは……観たい気分ではないのです……ですから三人でどうぞ」
身分違いの男女の物語で最後二人はこの世では結ばれません。私は自分の境遇と重ねてしまうのでとてもではないですが、行けませんでした。
両親は私がそんなことを言い出すので、行く気をそがれたようです。兄は女子向け内容の歌劇なんか観に行かないと最初から辞退していました。
そこで父はその桟敷席の券をティエリーさんに譲り、彼は何と姉を誘ったのです。姉は以前から観たがっていたので純粋に喜んでいました。私も自分が行かないと言い出した責任を少し感じていたので安心しました。
ティエリーさんは歌劇当日に姉を迎えに来ました。実はその後が少々大変でした。マキシムさんが我が家を訪ねてきたのです。
いつも在宅している姉が不在なので疑問に思っているようです。その上兄ナタニエルも不在でした。まさか姉がティエリーさんとデートだとは思ってもいないのでしょう。
父はもう帰宅して書斎に居ましたが、マキシムさんもその扉を叩く度胸はなかったようです。
使用人を問い詰めてもしょうがありませんし、彼らも何も言えないし迷惑です。
私が観劇を辞退したからこうなったという責任を感じてしまいますので、居間でイライラしているマキシムさんに告げました。
「あの、ガニョンさま失礼します。姉ならお兄さまのティエリーさんと一緒に出かけましたわ。今晩は遅くなるようですけれど……」
「何だって、うちの兄貴と?」
「は、はい。あの、姉の帰宅をお待ちになりますか?」
「……」
黙り込んでしまいました。私は彼を置いて居間を出ます。あまり関わり合いたくもありませんでした。そうこうしているうちに兄が帰ってきて、不機嫌なマキシムさんの相手をしてくれていたようでした。
その後、マキシムさんは玄関前に陣取り仁王立ちで姉の帰宅を待っていたのでした。これには笑ってしまいました。
修羅場でも繰り広げられるかと思いきや、父が姉を迎えに出てきたので流石にマキシムさんも何も言えなかったようでした。そして彼は父に頭を下げ、ティエリーさんと一緒にしぶしぶ帰宅していました。
マキシムさんは何とも分かり易い人でした。今度の舞踏会はどうでも良かった私ですが、姉の恋の行方だけは気になっていました。
私達が着て行くドレスも仕上がりました。姉には薄い桃色、私には明るい空色のドレスです。私も姉も特にはしゃいだ様子でないのが両親も分かっているようでした。
***ひとこと***
ダンジュに悪い子と言われてしまったマルゲリットですが、やはり盗み見はやめられないようです。マキシムのあの仁王立ち事件もしっかり見ていました!
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