王都編 妙齢期

巻ノ十二 売り言葉に買い言葉

― 王国歴 1050年春


― サンレオナール王都 ソンルグレ侯爵家




 私は遂に十六の歳を迎えました。


 二つ上の姉ローズはその夏には学院を卒業する予定で、高級文官として王宮に勤めることが決まっていました。優秀な成績を修めて立派な仕事に就く姉と違い、私の方は何もかもが中途半端なままでした。


 その姉は相変わらずマキシムさんと喧嘩ばかりしていました。つい先日などはあまりにお互い激しく言い合った後、喧嘩別れして姉は一人部屋で泣いていたようです。


 父などは娘可愛さに一人憤っています。父以外の家族にドウジュさんや侍女のモードはいつものことだと呆れていただけでした。


 その後すぐにマキシムさんは遠い西端の街の国境警備隊に派遣されてしまいました。彼の留守中に姉の周りに少し変化が訪れました。それに姉自身も自分を変えてみたいと思っていたようです。


 ある夜、夕食の席で姉が両親に聞いていました。


「お父さま、お母さま、夏に王宮で開かれる舞踏会に行ってみたいのです。よろしいですか?」


 私たちの従兄、エティエン王太子の生誕祝いの舞踏会です。エティエン殿下のお母さまが母の姉にあたります。今まで勉強ばかりで舞踏会なんて興味を示したことのなかった姉です。どういう風の吹き回しでしょうか。


「もちろん、ローズ姫が行きたいのならね。誰かエスコートしてくれる人がいるのかな? それともお目当ての男性でも?」


 父は悪戯っぽい笑みを見せてそんな質問を投げかけています。答えなど明白です、姉のお目当ての男性なんてマキシムさん以外に居るはずありません。


「いいえ。もちろんそんな方、私にはいませんわ。でも、私も少しは令嬢らしいこともしたくって……だから舞踏会に……」


「良ければ僕がお姫様をエスコートする栄誉ある役を買って出てもいいけれども……こんなおじさんで良ければね」


 父はウィンクまでしています。


「じゃあマルゴも行ってみない? 強制はしないけれど、二人の美しい娘を連れて舞踏会に行くというお父さまの夢を叶えて差し上げて?」


 私は全然乗り気ではありませんが、母にそう言われてしまっては嫌とは言えません。


「……そうですね。お父さまと一緒なら……」


「うちの妹は二人共遅咲きだね、全く」


 確かにそうかもしれません。私はもう十六で姉は十八です。この歳で婚約や結婚をしていてもおかしくありません。


「ナタンはどうする?」


「僕は遠慮しておきますよ」


「フロレンスはもちろん行くよね。僕は美しい花々に囲まれて幸せ者だ」


「まあ、アントワーヌったら。そうと決まったら私たちの娘にはドレスを仕立てないとね。楽しみだわ」


 両親が乗り気なので私もこれも経験かな、と前向きに考えることにしました。




 その頃からでした、父は何を思ったのか、時々職場の部下を屋敷に連れて来るようになりました。主に若い男性ばかりです。今まではそんなことはまずありませんでした。


 どうやら姉にその男性たちを紹介するのが目的のようでした。というのも、従兄のギヨームとマキシムさんのお兄さまティエリーさんが話しているのを私は盗み聞きしたのです。


 ギヨームは母の兄ジェレミー伯父の長男です。ティエリーさんも彼も文官として王宮に勤めているのです。


「ティエリーさんはどう思われますか? 僕は元々従兄としてローズとは仲良くしていますけど……」


「ああ、ギヨーム、君も同じことを考えていたのか」


「はい。でも僕はアントワーヌ叔父様の意図がいまいち……だってローズはマキシムさんととても仲が良いのですよ」


「あの二人交際はしていないだろう?」


「いつも喧嘩ばかりしていますけど、どう見ても両想いです」


 ほら、姉とマキシムさんの仲はギヨームにまで知られているのです。


「当て馬作戦だな、きっと」


「えっ、当て馬? それって何だか趣味悪くないですか?」


 確かに父のマキシムさんに対する感情が時々分からないことがあるのです。


「補佐官にも誰にも言うなよ。俺が思うにな、本命馬とくっついても当て馬のどれかに転んでもそれはそれで良しなんじゃないのか?」


「叔父様も人が悪いです。でも……ローズはどの当て馬にも興味なさそうですよね」


「やっぱりそう思うか? これもうちのマックスがいつまでもフラフラモタモタしているのが悪いんだよ。娘が可愛くてしょうがない補佐官のために一肌脱ぐかなぁ……」


 ティエリーさんがどう一肌脱ぐのか大いに気になるところでした。それはすぐに分かりました。


 それから数日後のある夕方のことでした。その日も父が何人か部下の文官の方々を屋敷に招いていました。


 皆さんが居間で話していたところに姉も同席していたのですが、しばらくして姉にティエリーさんとギヨームがテラスから庭に出て行ったのです。ティエリーさんの肘に姉が手を添えてギヨームはその反対側に付き添っていました。


 その時、玄関前に一台の馬車が到着しました。私の部屋からは降りてきた人物が見えません。それでも姉たちの歩みが止まったところを見ると、誰か知り合いのようでした。


 私は急いで庭に下り、見つからないようにその辺の木に登って隠れました。何とそれは旅装姿のマキシムさんでした。彼は屋敷に入らずに三人の方へ向かっています。


「やあ、弟よ。久しぶりだね、ペンクールから帰ってきたばかりなのかな? 両親には顔を見せたのかい?」


 ティエリーさんの口調はとても楽しそうです。もしかしなくてもマキシムさんは遠征帰りに直接姉に会いに来たのです。


 そこで彼が目にしたのは、愛しい女性が男を二人両脇に従えて散歩中の図でした。しかもその二人のうちの一人は自分の兄で、腕まで組んでいるという状況です。


「マキシムさん、王都にお戻りだったのね。お帰りなさい」


 マキシムさんは不機嫌そうな顔を隠そうともしていません。


「兄上、ご無沙汰しております。ローズ、お前も遂にドブネズミドレス卒業か?」


「まあ、ご挨拶ね。でも、ドブネズミ状態でなくても私だとお分かりになって下さって嬉しいですわ、マキシムさん」


 久しぶりに会えたというのに、二人ともいつもの憎まれ口です。


「ローズ、あまりムキにならなくっても……」


 姉とマキシムさんの間に火花が散っているのが見えたのかどうか、ギヨームは不安そうでした。




***ひとこと***

家政婦ではなく「マルゴは見た!」ですね。忍びの技術が好奇心を満たすことに大変役立っております。

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