巻ノ十四 思い内にあれば色外に現る


 舞踏会に行くことに気が乗らない娘の私に両親はそれとなく気を遣ってくれます。


「一度どんな場か見に行ってみるのも良い経験になると思うよ」


「そうよ。別に舞踏会と言っても貴族令嬢が将来の旦那さまを見つけるためだけに開催されるのではないのですから」


「僕達の周りで出会いが舞踏会だった夫婦なんてまず居ないよね」


「お姉さまと陛下くらいかしら」


「えっ、王妃さまはルクレール家と王家が決めた縁談ではなかったのですか?」


 驚きました。確かに豪快な性格の王妃さまは政略結婚を無理矢理させられるようなお方ではありません。ご夫婦いつまでも仲睦まじくていらっしゃる国王夫妻ですが、恋愛結婚をされたのでした。


「今度王妃様に聞いてごらん、マルゴ姫。正に彼女らしい運命の出会いだったらしいから」


 どうせ舞踏会では私は誰とも踊ることもないでしょうから、母や王妃さまとお喋りをするつもりでした。




 舞踏会の当日、ティエリーさんが姉を迎えに来ました。両親と私が乗った馬車の後ろにティエリーさんの馬車が走っています。


 舞踏会の行われる王宮本宮には貴族の馬車が続々と到着していました。私たちも馬車を降り、大広間への階段を上ります。そこは沢山の招待客で溢れていました。


 私は侯爵令嬢だというのにこんな華やかな場所に出るのは初めてでした。結婚式の後の晩餐会でもここまでの大人数にはなりません。


 姉とティエリーさんも一緒に、まず王家の皆さまにご挨拶をします。私の伯母にあたる王妃さまの居室へは小さい頃に良く母に連れられて行っていました。エティエン王太子やマデレーヌ姫、トーマ第二王子とは一緒に遊んで育った仲です。


 挨拶の後は姉と私が一曲ずつ父と踊りました。それから母が父と踊り、私と母は王妃さまとお喋りするために玉座の方へ向かいました。


 父とのダンスは純粋に楽しかったのですが、私にはどうしても馴染めない場でした。トーマ第二王子狙いの学友たちに比べると私は完全に盛り下がっています。ダンスは好きな私ですが、見知らぬ男性とは踊りたくありませんでした。


 母と王妃さまが話しているのを聞きながら私は大広間で踊っている男女を何気なく眺めていました。




 ティエリーさんと姉は一曲一緒に踊っただけで広間の隅に移動していました。そしてマキシムさんが二人に近づくと、彼は姉の腕を掴み、広間の真ん中に連れて行きました。


 マキシムさんはひざまずいています。姉にダンスの申し込みでもしたのでしょうか、その後二人は踊り始めました。そしてその夜二人はずっと一緒に居たようでした。


 周りの人間の目から見たらはっきり分かるのです。姉とマキシムさんはお互いを見る目が恋する人間のものです。


 私ならダンにあんな目で見つめられたら……幸せ過ぎてもう何も考えられなくなるに違いありません。そんな日が来ることがあるのでしょうか。


 その夜、姉はマキシムさんと想いがやっと通じたのか、帰りの馬車ではほろ酔い加減ではしゃいでいましたが、途中で眠ってしまいました。




 舞踏会から帰宅しても私はしばらくドレスを脱ぎませんでした。ダンに見て欲しかったのです。


「おめかしした私の姿を見てダンは何か言ってくれるかしら……」


 彼はいつも綿の質素な動きやすい服を着ています。私がこんな煌びやかなドレスを着ているのを見せびらかしても、ダンは二人の間に立ちはだかる見えない高い壁を再認識するだけでしょう。


 私は長いこと自室のバルコニーからため息をつきながら外を眺めていました。


 そうしているうちに侍女のモードが私の部屋に来たので、結局私は中に入り彼女に手伝ってもらってドレスを脱ぎました。




 翌朝のことでした。マキシムさんが見事なピンクの薔薇の花束を抱えて我が家を訪れました。しかも略式ですが礼服姿です。


 その時私は庭の大木の上に居ました。執事に出迎えられたマキシムさんの声が聞こえてきます。


「今朝はナタニエルさんでもローズさんでもなく、まずソンルグレ侯爵夫妻にお話があるのですが……取り次いでいただけますか?」


 これはただ事ではありません。昨晩お酒を飲んだ姉はまだ休んでいるようでした。


 私は両親の部屋のバルコニーに向かいます。執事がマキシムさんの訪問を告げていました。


「旦那様、奥様、マキシム・ガニョン様がお見えです。お坊ちゃまでもローズお嬢様でもなく、まずお二人にお話があるそうです。それが……礼服をお召しになられていて、立派な薔薇の花束を抱えておられるのです」


 私に背を向けている父の表情は見えませんでしたが、大体想像がつきました。


「マキシムには僕達は留守だって言って追い帰して」


 私はクスっと笑わずにはいられませんでした。父はどうしてもマキシムさんのことになると感情的になってしまうのです。


「アントワーヌ、この期に及んで何をおっしゃるの? 先延ばしにしてどうなさるおつもりですか? それに彼が持ってこられたという立派な花束を無駄にするのはもったいないわ」


 母も何か察しているようでしたが、彼女は逆にどっしりと構えています。


「花が無駄になるかならないかは彼の覚悟がどれだけかによるよ!」


「ですから居留守など使わずにきちんと彼に向き合ってあげて下さい」


「分かったよ、フロレンス」


 両親はマキシムさんが通された居間に向かったようでした。私も居間の外のテラスに下りました。


 見事な花束を持って立っているマキシムさんはいつもに増して恰好良くみえます。これから姉に交際の申し込みをするつもりなのでしょうか。姉が羨ましくないと言ったら嘘になります。


 そこへ両親が入ってきました。父は無言で母の方が先に口を開きます。


「マキシムさん、いらっしゃい」


「お早うございます、ソンルグレ侯爵夫妻」


 父がいつまでたっても何も言わないので母が彼のことを肘でつついています。そこでやっと父がマキシムさんに座るように促しました。


「お早う、マキシム。まあそこに座りなさい」


「あ、いいえ」


 マキシムさんは座ろうとせず、花束を椅子の上に置きました。そして両親の前に進み出て、いきなりひざまずいて言いました。


「アントワーヌ、フロレンス・ソンルグレ侯爵夫妻、この私にローズ・ソンルグレ様に求婚する許可をお与え下さい」


 交際の許可ではなく、いきなり求婚でした。母が父の手をしっかりと握り、彼に微笑んで大きく頷きました。


「とりあえず座りなさい、マキシム。そうして君が床に這いつくばっていては話なんて出来ないからね」


「……はい」


 両親とマキシムさんは向かい合って座りました。




***ひとこと***

「色豪騎士」で聞き耳大女王と呼ばれていた侍女モードさんのさらに上を行くマルゲリットです。けれど、流石に舞踏会でのマキシムとローズのキスシーンは目撃していないようですね!その時彼女は王妃さまとフロレンスと三人でお喋りをしていました。

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