番外ノ巻 問うに落ちず語るに落ちる(一)

― 王国歴1054年 春


― 王国西部 ペルティエの街外れの小さな家




 ここはマルゲリットとダンジュの家である。ある春の日、昼前にデュケット医師が彼らを訪ねてきた。


「デュケット先生、お早うございます。どうぞお入りください」


「ああ、お邪魔させてもらう」


 彼を出迎えたマルゲリットに続きダンジュも顔を覗かせて、デュケット医師に軽く会釈をしている。彼の腕には赤ん坊が抱っこされていた。


 この年初にマルゲリットは長男ケンを出産し、今は育休中である。デュケット医師はケンとマルゲリットの経過を診る以外に訪ねてくることはまずない。


 居間に通されたデュケット医師は椅子に座った。マルゲリットはその向かいの長椅子に腰掛ける。


「先生、私たちに話って何ですか?」


「実は俺が話があるのじゃなくてな、お前たちから話を聞くことになったんだよ」


「どういうことでしょう?」


「どうもこうもねぇよ。俺もお前が産休育休中は忙しいから勘弁して欲しかったんだよなぁ……」


 そこでケンを腕に抱いたダンジュが居間に顔を覗かせる。


「先生、お茶にしましょうか、それともコーヒーがよろしいですか?」


「ああ、悪いな。コーヒーをもらおうか」


「ダン、赤ちゃんを抱っこしておくわ」


「先程お腹がいっぱいになったからすぐ寝るかもしれません。ほら、眠そうにしているでしょう」


「ケン、今度はお母さまの腕の中よ、いらっしゃい」


 マルゲリットは愛しそうにその碧眼にこげ茶色の髪の赤ん坊を受け取った。


 そしてダンジュがコーヒーを淹れるために台所へ向かうと、デュケット医師は声を潜めてマルゲリットに聞いた。


「前々から思っていたんだけどよ、お前育児も家事もほとんど旦那にさせているだろ。料理は苦手だ、なんて言っている割に手の込んだ昼飯食ってるよな、愛夫弁当だってすぐ分かる」


「先生、私が彼に全てさせているわけではなくて……彼の方が何でも私より得意ですから……私だってちゃんと協力しています!」


「どうだかなぁ」


 マルゲリットは少々不満そうである。


「ともかく、彼がカジメンなのは明らかだな。それについてもまた後で聞かせてもらう」


「かじめん?」


「後で旦那に聞いてみろ。実は今日、完結記念の座談会なるものを開くことになってな、何故だか俺が聞き手に抜擢されたんだ」


「まあ、私達も座談会ですか。でも聞き手が先生で良かったですわ」


「オイ、俺で良かったとはどういう意味だ?」


「私、両親や姉夫婦の座談会を盗み聞きしていますから、どんな人が聞き手になってどんなことを喋らされるのかは大体知っているのです。聞き手の候補はダンと私の両方を良く知っている人物ですよね。私たちの場合はまず考えられるのが両親や義両親です。けれど彼らの前では何となく赤裸々に話すのが私は恥ずかしくて……」


 そこでダンがコーヒーカップの乗ったお盆を持って戻ってくる。


「好奇心旺盛な貴女は子供の頃からあちこちで盗み聞きや覗き見ばかりなさっていますからね」


「えっと……それについては否定しないわ、ダン」


「ソンルグレ、お前本当に侯爵令嬢だったのか?」


 ダンジュがコーヒーカップをデュケット医師の前に置く。


「ああ悪いな、ありがとう」


「私にもコーヒーを淹れてくれたの、ダン?」


「授乳中の貴女にはハーブティーですよ」


「……そう、久しぶりにコーヒーを飲みたい気分だったのに……」


「しばらくは我慢して下さい。授乳だけは私も出来ませんからね」


「はーい」


 デュケット医師はそんな二人のやり取りをじっと観察していたがそこで口を開いた。


「で、お前は座談会の聞き役が上司の俺でも恥ずかしげもなく何でも話せるのか?」


「先生でしたら何をお話しても『あっそう』で終わってしまって、翌日には忘れていそうですから」


「失礼だな、お前。でも確かにそうだ」


 ダンジュは苦笑している。


「じゃあ気を取り直して、自己紹介をしてもらおう。じゃあまだあまり口を開いていないダンジュ氏の方から」


「ダンジュと申します。ここペルティエ領内自治区、間者の里で生まれ育ちました。六歳の頃から父母の居る王都に出るようになったのですね。そこで初めてソンルグレ家に忍び込んだ日にマルゲリットに見つかりました。それからマルゲリットとの距離が少しずつ縮まってきて、色々ありましたが彼女が学院卒業後、この家に二人で移り住みました。今では一児の父親です」


「二人はそんな幼い頃からの知り合いだったのか。それは初耳だな。じゃあ今度はソンルグレの番だ」


「はい。マルゲリット・ソンルグレです。王都出身です。耳が良かった私はダンや彼のご両親の存在を幼い頃から知っていました。ダンへの恋心を自覚して、それから彼と二人で歩む将来をずっと夢見ていました。今ここで私たちが幸せに暮らしていけるのも、周りの理解と協力があってのことです」


 マルゲリットは満面の笑みで隣に座るダンジュと腕の中の息子を見比べている。


「あら、ケンはやっぱりお寝んねするわね」


「揺りかごに寝かせますか?」


「いいえ。このまま抱いていても大丈夫よ。揺りかごに置いた途端に目が覚めるに決まっているもの。ねーぇ、ケンはお母さまの腕の中がいいのよね」


 赤ん坊のケンはうつらうつらしている。


「で、俺がいつも不思議に思っているのだがなぁ、二人は身分も生まれ育った環境も何もかも違うのにどうしてまたわざわざ苦労してまで一緒になろうとしたわけ?」


「そうですね、マルゲリットへの気持ちがただの忠誠心ではなく、それ以上のものだと私は自覚していました。けれど私の方からは何が出来るわけでもありませんでした。それが、彼女の方から猛烈なアタックを受けて、それにほだされて今に至ります」


 デュケット医師は分かる分かる、といった感じで大きくうなずく。


「えっ? でも最初私に一生仕えると言ってくれたのはダンの方よ……」


「それはそうですけれども、私は間者として従者として貴女に仕えると申したので……まあ、その、貴女が家まで建ててペルティエ領に定住するとは思ってもいませんでした。こうして夫婦として暮らせるようになるなんて夢にも……」


 そこで真っ赤になってしまっている二人をにやにや見比べながらデュケット医師は続けた。


「はいはい、ごちそうさま。それにしてもな、元領主のお前の祖父母はともかく、両親のソンルグレ侯爵夫妻はよく許してくれたな」


「それについては両親に感謝してもしきれません。両親の理解があってこそ、こうして私たちは一緒になれたのですから。それにペルティエの祖父母にリゼの祖父母も協力してくれました」




(二)に続く




***ひとこと***

今回の聞き手の座を見事射止めたのはデュケット先生でした! 少し長くなったので二回に分けて公開します。

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