番外ノ巻 問うに落ちず語るに落ちる(二)


 デュケット医師はそこで感嘆のため息を漏らした。


「良かったなぁ。理解ある家族のおかげで二人こうして暮らせてさ」


「実はソンルグレ侯爵にマルゲリットに会うことを禁止されるかと思ったことがありました。私が風邪で高熱を出し、彼女に看病してもらった時です。驚いたことに侯爵はこれからもずっとマルゲリットのことを頼むとおっしゃいました」


「ええ。父は自分の子供たちには愛する人と幸せになって欲しいと言っていました。相手が王族だろうが平民だろうが関係ないとまで」


「流石、ペルティエの大旦那様の息子だな。今の地位を手に入れるまでかなりの努力をされたと聞いている」


「それに私がマルゲリットの卒業式の日に改めて挨拶に伺った時も、マルゲリットだけでなく私自身も幸せにならないといけない、とおっしゃいました。それからマルゲリットを甘やかしすぎるな、とも」


「何ですか、それ?」


「分かる分かる。だってさ、俺の目にはやっぱりソンルグレが君をこき使っているように見えなくもない。だってなあ、毎日ではないにしろあの豪華弁当に仕事への送り迎え、俺はちゃんと見てんだぞ、荷馬車や馬を診療所から少し離れた場所にとめていてもな。今日だって、最初に赤ん坊をあやしていたのは父ちゃんの方だし、コーヒーだって淹れてくれたぞ。イクメンでカジメン、アッシー君である上につくす君じゃねぇか、この贅沢者がぁ!」


「???」


 マルゲリットにはデュケット医師の最後の文は意味不明のようである。


「つくす君って初めて聞きますけど、先生?」


 ダンジュは分かるらしい。


「俺がたった今作った新語だ。そのうち流行語大賞の候補にも上がるはずだ」


「新語って言ってももうその尽くすという感覚自体が古いような……まあともかく、据え膳上げ膳だったマルゲリットお嬢様がここまで何でも出来るようになったのは大した進歩ですよ」


「そ、そうです! 私は得意ではないけれど料理も出来るようになったし、洗濯も掃除もです。ただ何でもダンがする方が早いだけなのです」


「繕い物は貴女の方がお上手ですね」


「あ、そうでした! 良かった、私も何か一つでもダンより得意なものがないとね」


「とにかく、ソンルグレは総じて家事が苦手ということが再確認出来た、と」


 マルゲリットはそれでも反論はせず、口を尖らせているだけである。


「さてシリーズ作、主人公の口癖というか決め台詞があるよな。それぞれのキャラの性格をよく表している。最近の作品では例えばローズ嬢の『もうヤダァ、マックス!』やカトリーヌ嬢の『ティエリーのえっち!』だ。だがソンルグレには口癖なんてあるか?」


「特に思い当たるような台詞は……『嫌だわ、ダンったら!』ですか」


「ダンにはあります。『悪い子だ』とか『貴女のお望みのままに』でしょうか? 私、ダンにそう言われるとどうしようもなくドキドキして胸がギュッと締め付けられるのです」


 ダンジュは絶句し、デュケット医師は彼が再び少し赤くなったのを見逃さなかった。


「うわっ、お熱いことで……年甲斐もなく俺までドキッとさせられちまったよ」


「えっ、ええ?」


「じゃあ、次の質問。お互い何と呼び合ってんだ?」


 同じく赤面していたマルゲリットは気を取り直して答える。


「私はダン、時々は私の旦那さまと呼んでいます。昔、名前が分からなかった時はサスケさま、両親はマルゴの守護戦士さまと」


「私は以前はマルゴ様、お嬢様とかお姫様と。一緒に住むようになってからは奥様でしょうか」


「夫婦の力関係が呼び方にも表れているということか。あのさ、ちょっと聞いても良いか? お前なぁ、自分の旦那に様付けで呼ばせて、しかも敬語でしゃべらせてるよな」


「あの、私は昔からいつもダンに言っているのです。お嬢さまもマルゴさまもやめて、と。一緒に住むようになってからはお嬢さまはやめてくれましたけれど、今はそれが奥さまになりました。ほんのたまにマルゴ、と呼び捨てされることがあります」


「やっぱりお前が旦那をかしずかせてんだな。実は『女王様とお呼び!』って言いながら鞭振り回しているとか? で、ハイヒールの踵でグリグリと……」


「そんなことしてませんわ!」


「せ、先生、ちょっと!」


 ダンジュはやたら焦っており、マルゲリットは意味が分かっているのかいないのか、首を振って否定している。


「だって、その、ダンの方が主導権を握ることも……多いのです」


 マルゲリットは頬を赤く染めて何だか気になることを言っている。


「ブハッ……ゴホゴホッ」


 ダンジュは気を落ち着かせようと口にしたコーヒーにむせている。


「誰もそこまで赤裸々に言わせようとしてねぇが、これは良い事聞いたなぁ。へぇーえ」


 デュケット医師は意地悪そうにニヤニヤしている。


「どういう時に彼がお前のことを呼び捨てにして主導権を握るのか、良ぉく分かったぞ」


「せ、先生!」


「えっと、私はコーヒーとお茶のおかわりでもお持ちしましょう……」


 ダンジュはいたたまれなくなって席を立っている。


「酒でもいいぞ、今夜は語り明かそうか」


「まだ昼前ですけど、先生!」


「ンギャー!」


「まあ、ケン! よしよし……」


「お前が大声出すから赤ん坊が起きたじゃねぇか」


「誰のせいですか! ああ、ケンごめんなさいね。デュケットおじさまが変なこと言い出すから……おお、よしよし」


 マルゲリットは立ち上がって赤ん坊をあやし始めた。


「しょうがねぇ、そろそろお開きにすっかな。じゃあまたな、ソンルグレ」


 デュケット医師は立ち上がって厨房のダンジュにも声を掛ける。


「コーヒーのおかわりは遠慮しとくよ」


「あ、先生お帰りですか?」


「ダンジュ君には今まで通り家事と育児を頑張ってもらって、ソンルグレが早く職場復帰出来るようにして欲しい。頼りにしてるぞ」


「私は責任重大ですね」


「私の母がペルティエ領に来た時から計画が進められていた、街の孤児院が増築されて託児所も開設されましたよね。ケンも少し大きくなったらそこに通えることになりそうです」


「領主のペルティエ男爵やソンルグレ侯爵夫人の助力のおかげだな、全く。とにかく、君達二人目はまだもう少し待ってくれよ」


「え? ええ、もちろんですよ」


 ダンジュは苦笑している。


「もう先生ったら! お気を付けてお帰り下さいませ!」


 デュケット医師は手をひらひらとさせながら去って行ったのだった。




― 問うに落ちず語るに落ちる 完 ―




***ひとこと***

やはり聞き手をデュケット先生にして良かった、と書き終えて思っております。最後の最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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