忍び愛づる姫君 王国蕾外伝 花の名前2
合間 妹子
王都編 少女時代
巻ノ一 掌中の珠
― 王国歴 1037年-1042年
― サンレオナール王都 ソンルグレ侯爵家
皆さまこんにちは。私の名前はマルゲリット・ソンルグレです。ソンルグレ侯爵家の末っ子として生まれました。家族は両親、兄のナタニエルに姉のローズの五人です。
父のアントワーヌは高級文官として宰相室に勤務しており、忙しく仕事をこなしています。元々男爵家出身の父は職場の上司だったソンルグレ前侯爵の養子となり、侯爵位を継ぎました。父がここまで出世できたのは運が良かっただけではなく、彼自身の並大抵でない努力の賜物なのです。
そんな彼も家では優しい父親で、母や私たちにはとても甘い人なのです。
母のフロレンスは末っ子の私が初等科に通い出した頃から非営利団体『フロレンスの家』を設立してそこの園長を務めています。『フロレンスの家』は家庭内暴力などで行き場を失った被害者が駆け込める保護施設です。施設の設立は母の長年の夢でした。
母はいかにもお淑やかな貴婦人なのですが、実は女性実業家としてバリバリ働いています。母がそうして困っている人を助ける事業を始めたのは彼女の不幸な最初の結婚が関係していたそうです。そのことは私も少し大きくなってから聞きました。
母と前夫の間に生まれた兄のナタニエルは、かなり強い魔力を持っていて将来は当然のように魔術師になると子供の頃から言っていました。
姉のローズは成績も良く、父のような文官になるために初等科の頃から猛勉強をしていました。
そして三番目の私はこれと言った特技も何もないのです。駆けっこや球技は大の得意でしたが、貴族の令嬢としては運動神経が良くてもあまり役に立ちません。
私の伯母にあたる王妃さまは良くおっしゃっていました。
「マルゴがこんなにお転婆なのは両親ではなくて私に似たのね!」
それでも私は子供の頃の王妃さまのように悪戯もしなかったし、周りを振り回すこともありませんでした。私はただ体を動かすことが好きなだけなのです。
そんな私に父はいつも目を細めて言っていたものでした。
「マルゴ姫はそのままでいいのだよ。僕の可愛い可愛いお姫様」
でも私は可愛いだけでは嫌だったのです。姉ほど勉強は得意ではない私も、何か皆に認められるようなことがしたかったのです。兄や姉が羨ましかったものでした。
小さい頃は何も出来ない自分が嫌で癇癪を起こすこともありました。
「でもねマルゴ、お兄さまもお姉さまも生まれ持った才能の上に
優しい両親はいつも私を
「あぐら?」
「努力しているということだよ」
「そうですね。お兄さまはいじめっ子のいない領地で静かに暮らしても良かったのに、貴族学院で頑張っています。お姉さまは遊びたいのも我慢してたくさん勉強しています」
「マルゴも何か、夢中になれることが見つかればいいわね」
「そんなに気負うことないよ、可愛いマルゴ姫」
「そうよ。きっと貴女にも将来の夢や目標が出来るわよ」
私は小さい頃は兄や従兄弟たちと一緒に木刀を振り回して遊んでいたものです。騎士志望の二つ上の従兄アンリよりも私は剣の腕で勝っているという自信があります。
兄は私より七つも上ですから力ではとうてい敵いませんでした。それでも俊敏さでは私の方が勝っています。時々は彼がずるをして魔法で私の背よりずっと高い所まで飛んだり、私を空圧で押し返したりもしました。それでよく喧嘩になったものです。
「反則負けです、お兄さま!」
「マルゴがすばしっこすぎるから、ハンデだよ!」
「うわーん! お兄さまが負けを認めない!」
「ごめんごめん……泣くなよマルゴ……」
姉にはいつも呆れられていました。
「何を二人共そんなに熱くなっているのよ……」
私は運動神経が良い他には耳も良くて、屋敷の中に居ても正門から両親が帰宅するのがいち早く聞こえていました。屋敷の中では家族と使用人の足音が聞き分けられました。
それに加え、いつの頃からか屋敷の人間以外の気配をバルコニーや屋根の上に時々感じていました。まだずっと小さかった頃、両親にそのことを告げると二人は驚いて顔を見合わせていました。
「まどのそとにいるのはだあれ?」
私がそう言う前にその人達はさっと居なくなってしまうのです。二階の屋根の上に居てもすぐに壁を伝って庭に下りて、屋敷から出て行ってしまうのです。
男の人のことも、女の人のこともありました。気付かないふりをしてそっと窓に近付いても、いつも私が窓を開けるより先に彼らは消えていました。
「まって、どろぼうさん? ではないわよね?」
彼らは屋敷の中には絶対に入ってくることはなかったし、何かを盗もうとしているわけでもありませんでした。ただ、私たちのことを見守っているだけなのです。
兄のナタニエルは私が言っていることも少しは分かってくれているのか、考え込んでしまいました。
「へぇ。窓の外や屋根の上に人ねぇ……そう言えば……」
姉のローズは全然信じてくれません。
「それはマルゴの幻聴よ」
「げんちょう?」
「ありもしないことが聞こえてくることよ。貴女やたらと耳が良いからそのせいよ」
姉はいつも子供にしては難しい言葉を使っていました。時には兄でさえ意味が分からないことがあったのです。
もう相手にならないのでそれ以降誰にも言うことをやめました。私が初等科に入った頃からは、私と同年代の男の子と女の子も来るようになっていました。
私は彼らに会うことは出来ませんでしたが、時々庭の木の上に居るところや、駆けていく後ろ姿はちらっと見えることがあったのです。
そして私がもう少し大きくなった頃、父に一度聞かれました。
「ねえ、マルゴ姫、よく窓の外に人が居るって言っているけれど、その人達を見たことはあるの?」
「後ろ姿くらいです。私が気付くといつも居なくなってしまいます」
「そうか、マルゴは相変わらず気付くのか……」
父はそのまま黙り込んでしまいました。
兄のナタニエルは十代初めの頃から学院で問題を起こすようになり、家でも両親と良く言い争っていました。いわゆる反抗期に入った兄はふいっと家出をしてしまうこともありました。
その頃からでした、私が見かけていた男の人と女の人はより頻繁に屋敷に来るようになっていたのです。
***ひとこと***
ドウジュにクレハ、マルゲリットにばっちり見つかっていますよー!
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