番外ノ巻 可愛い子には旅をさせよ(二)


― 王国歴 1045年-1050年夏


― サンレオナール王都



 マルゲリットと守護戦士殿は十代前半の多感な時期を迎えました。二人の間に淡い恋が芽生え始めていたことをドウジュ夫妻はいち早く察していました。しかし、ドウジュもクレハさんも様子を見守るだけでまだ僕達に報告するには至っていませんでした。僕達夫婦も何となくそんな気がしていたのは確かです。


 マルゲリットは貴族学院で普通科ではなく医科に進みました。勉強はあまり得意でない彼女でしたが、将来は何かきちんと手に職を付けたいそうでした。


 ドウジュの稽古もマルゲリットが十代半ばになっても続いていました。それでも貴族令嬢としてはいつまでも剣を振り回して野山を駆け回ってはいられないと彼女も分かっていたようです。とりあえず十六の誕生日までドウジュに来てもらうことにしようと僕は提案しました。


 彼女が十五の頃でしょうか、僕達の前で既にこう断言していました。


「お父さま、お母さま、私……適当に身分の釣り合う貴族の方に嫁がないといけないのですか? でも本当は私、誰にも嫁ぎたくないのです」


 彼女がそんなことを言い出す予感はありましたが、僕も動揺して何も言えずフロレンスと顔を見合わせていただけでした。


 僕達には年頃の娘が二人居ますから、縁談の話も時々持ちかけられます。その度に本人の意向も尊重したいからなどとやんわりと断っていました。


 長女のローズにも意中の人が居るようでしたから、親が縁談などを持ちかけても無駄だとは分かっていました。


「僕の大事なマルゴ姫を今すぐ嫁がせなくてもいいと思っているけれど、まあそのうち彼女も恋をしたら気も変わるよね……」


 僕はそう自分に言い聞かせていました。フロレンスは何も言わず僕に優しく微笑んでいました。僕達二人とも、マルゲリットが切ない恋をしているということは分かっていました。その恋がまず実ることもないということは、僕達が言わずとも本人達の方が身に染みてわきまえていたようです。




 しかし、若い二人の気持ちは周りが止められるものではありませんでした。守護戦士殿が風邪で寝込んだ時に僕はそれをひしひしと実感しました。


 それはドウジュとクレハさんが丁度里に帰っていた時のことでした。マルゲリットがこんなに必死になっているのを見たのは、守護戦士殿が身を挺して暴走してくる荷馬車から彼女のことを助けたあの日以来でした。


 僕ももうマルゲリットの本気を認めるしかありませんでした。守護戦士殿とはその時が初体面でした。本当は僕に姿を見られてはいけないのでしょうが、熱にうなされて意識もない状態ですから緊急事態です。


 王宮医師であるテオドールさんの診察によるとただの風邪でした。


 つきっきりで看病したいと言うマルゲリットに駄目とは言えませんでした。僕が無理矢理彼女を屋敷に連れて帰ったとしても、彼女が夜中に抜け出してここに戻ってくることは分かりきっていました。その方がよほど危険です。


 僕は目をつむって嫁入り前の大事な娘が、熱でうなされていて何もできないとは言え男性と二人きりで夜を明かすことを許しました。幸いにも彼の熱は直ぐに下がり、マルゲリットも一晩彼の側で看病しただけですみました。


 翌朝僕がマルゲリットを迎えに行った時には守護戦士殿は既に寝台に体を起こしていました。


「ソンルグレ侯爵、大変お世話になりました。マルゲリットお嬢様にも……情けない姿をお見せしてしまいました」


「元気になって良かったよ。僕の方こそすまなかったね。君は僕には姿を見られるわけにはいかないのに、こんな形で君に会うことになるとは」


 守護戦士殿はクレハさん似でドウジュよりすらっとしていて背も父親の彼より少し高いようです。二人の血を引いた子供らしく、誠実で年の割に頼りになる好青年という印象を持ちました。


「あの、ソンルグレ侯爵……貴方が私に……」


 彼が何かを言いそうになるのを制しました。


「君が元気ないとマルゴ姫まで心労で寝込みかねないからね。これからもずっと彼女のこと、よろしく頼むよ」


「侯爵……あ、ありがとうございます」


 彼は寝台に体を起こした体勢で僕に深く頭を下げました。僕が娘を頼むなどと言い出すとは思ってもいなかったようでした。確かに僕は父親としては大きな葛藤がありました。けれど若い彼らの仲を反対するよりは黙って応援したいと素直に思えたのです。




 風邪から回復した守護戦士殿は何とマルゲリットに自分の名前を教え、生涯仕えると彼女に誓ったのでした。


 それはマルゲリットとドウジュの両方から報告を受けました。僕達は驚いたものの、いつかこの日が来ることを予想していたような気がします。


 娘のマルゲリットは可愛いし、もちろん彼女には愛する人と幸せになって欲しいのです。親としては当然の思いです。しかし間者の彼とはどう考えても、主従関係を越えて将来普通に夫婦という形で結ばれることは不可能に近いのです。




 そして季節はもう一回りし、マルゲリットは十六を迎え、長女のローズはもう十八になりました。二人ともそれぞれ花がほころぶような美しい令嬢です。


 ローズの方も色々ありましたが、彼女の想い人であるマキシム・ガニョンが見事な花束を持って王宮舞踏会の翌日に求婚しに我が家にやってきました。このマキシムにはローズに求婚する前に言ってやりたいことが山ほどありました。


 ローズに会わせる前に僕達夫婦が彼と対峙します。居間の外でマルゲリット達が盗み聞きしている気配を僕は感じていました。


「要するに僕が言いたいことは一つだけだ。ソンルグレ家の、僕達の子供と生涯を共にする幸運な人間に僕が父親として求めるのは、夫婦二人お互い深く愛し合って幸せになること、それだけだよ。必要なのは身分でも地位でも財力でもない、騎士道大会で好成績を修めなくてもいい、将来出世しなくてもいい。王族だろうが平民だろうが関係ない」


 僕はその言葉をマキシムだけに言ったのではありません。僕達の子供全員に、特にマルゲリットと彼女の守護戦士殿に言っているのです。窓の外で少し動きがありました。泣き虫なところのあるマルゲリットのことです、きっと涙をぼろぼろ流しているに違いありません。




(三)に続く




***ひとこと***

何だかんだと言いながらアントワーヌ君はマルゲリットの守護戦士殿のことを買っていて、認めているようです。ローズのお相手マキシム君に対しての方が厳しいような気が……

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