第40話不完全で素晴らしき世界

 深くまで、意識が落ちていく感覚。

 

光が、まだ見える。が、だんだんと、遠くなる。

 

彼は、深い闇に溶け込んで生きながら、これまでの人生を振り返っていた。


人間界の記憶だ。


後悔、している。


ずっと、何かが変わってくれると信じていた。


いつも当たり前のように馬鹿なことをしていて。


平気な顔で、考えとは違うことを口にして。


そんな自分が酷く情けなくて、恥ずかしくて。


だから、歩く道を無理やりねじ変えた。


……不毛なことばかりだった。


へへ、とにやけると、自分の顔に少しひびが入ったのがわかった。


ミツルの心が、欠片となって、散っていく。


……これで、良いんだ。


最後の最後に、俺は、夢がかなったんだから。


ネル……。


お前の、本当の名前。結局教えてもらえてないけど。


それでも、いいよ。


お前と過ごせた時間、これまでで一番楽しかったから。


もう他に何もいらない。


ぼろぼろ、と心が壊れていく。


不安、憎悪、悲哀、憤怒が自分から離散していく。


「でも、最後に、これだけ、いいたかったよ」


必死になって、愛情をつなぎとめる。


「独りに、して、ごめ、ん」


涙に似た何かが、瞼から流れた。


「ゆる、、し、、て、、くれ」

そうして。


物部三鶴の心が軋む音とともに、バラバラになりかけ、





その声は届いた。






 









『許すわけが、ねえだろがぁ!!!!』



よく知った声が、ミツルの精神世界に響いた。


え?


見ると、自分が落ちてきた上の方に、大きな扉ができていた。


夢の、扉……?


そこから、ギリリリッ!! という音を響かせながら、


扉が開いた。


暗い世界に、光に包まれた、青い髪が広くなびく。


「自分を! 誰かに救われたかった自分を! 誰かを救いたかった自分を!

本当に、守ってくれたのは!! どこの誰だぁあああ!!!!!」


化け物と呼ばれる少女は、叫ぶ。


「許さない! アタシは、許さねえ!! 勝手に自己完結してんじゃねえッ!!」


壊れたはずの心を、少女は拾い集めた。


「お前がいくら足りなくたって!」


必死になって、集める。


「お前が、いくら一人で生きれない、出来損ないだって!」


扉を開けるときにできたのだろうか、傷だらけになった両手を使って、


ミツルの心をつなぎとめる。


、見捨ててやらねえからな!!!」


彼女はそう言うと、


集めたミツルの心の欠片を抱きしめて、


飛び出した。


これでもかというほどに、体中に魔力を帯びさせ、


不安定な扉の中の世界を走り抜ける。



「知ってるか、ミツル」


閉じられてしまっている『夢の扉』に向かっていく少女は、


少年に話しかける。


「あそこを通るには、条件がいるんだ。」


条件?


「『片方が、もう片方の欲しているものを捧げる』」

少女は話す。


「それは、物でも、感情でもいい。」


「ただし」


「ここから、二人そろって出る場合には、あと一つだけ、条件が増える。」


ミツルは、以前自分がツムギによって、今と同じ世界に閉じ込められた時のことを思い出した。


あの時も、確か……。


「アタシは、お前の一部になりたい。」


何を、言って?


「もう、決めたんだ。お前の足りない部分は、アタシが埋めてやらないといけないって。ちゃんと終わるだとか、そんなことはもう考えない。」


扉の前までたどり着き、少女は笑って、


「あたしといっしょに生きよう?」


少女は、扉の前に手をついて、叫んだ。



「『夢』に誓う。 私の存在も、憎しみも、怒りも、楽しいって感情も、

 すべて、お前と分け合いたい!!!」



夢の扉が目をくらませるほど明るい光を発した。



……やれやれ。


バラバラだった心が一つにまとまりだした。


具現化した掌で、少女の左手を握る、


「かっこつけやがって」


「こっちのセリフだ、ケケ!」


二人同時に、扉に手をかけて、


世界に、踏み出した。







♢♦♢♢♦♢


竜の街を歩く男が一人いた。


今は深くまでフードをかぶっているからわからないが、

彼の容姿は、もはや人間と大差なかった。


だが、彼の容姿に疑問を持つ者はいない。


ミツルが、『パンドラ』という怪物を退治してから、


消えたと思われていた、竜の町の人々の存在が戻ってきたのだ。

今では、他人のことを気にする余裕が今の魔物たちにはない。


「……」

ミツルは、復興途中の街並みを見ながら、楽しげに微笑んでいた。


「……ん?」

白い雪がローブの裾についた。


「もうそんな季節か……」


そんなことを言いながら、家へと向かう。

竜の町の住宅街に、建てた一軒家である。


「……?」

街を歩く途中。

嫌な予感がした。


家へと続く道を、反対に歩く。


すぐそこの公園においてあるベンチに、

はいた。


「……よお、ミカエル。」


ベンチに足を組んで座っていた天使は子供の姿になって、

ふんぞり返っていた。


「ほう? 私をガキ扱いするか? 欠落者」


天使の瞳が一瞬ぎらつく。が、

またすぐに子供の目に戻る。


「心を読むな。イライラする。」

「そうか、イライラするのか。それではこのミルクでも飲んだらどうだ?

欠落者よ」


「……いらねえ。お前、その姿はどうした」


「ん、少しばかり、力を使いすぎたみたいでね?」


腹の奥から、怒りが沸き起こってくる。

「……意図的にそうしてんのか?」


「いや、本当だよ。元通りになるまで一体何千年かかるかどうか……」

「けっ……」


「おいおい、そんな怖い眼で私を見るな。もう、

私はキミたちに危害は及ぼさないさ。ただ、一つ質問したいことがあってきた。」


「……何だ?」


「お前たちは、これでよかったのか?」


「ああ、よかった。」

即答した三鶴を見て、天使は苦笑いを浮かべた。


「私に恨みは?」


「ないね。お前に持つ恨みなんて欠片もない。」

「……そうか」


「天使らしく、上で見守ってろよ。間違ってもお前が思っているようなことにはもうならねえよ」


「……ふん」

ミカエルは翼を広げて、彼に背を向ける。


「……あの、子は、」

天使は言いにくそうに、言葉をとぎらせる。


「言わなくても分かるよ」

ミツルは天使の心を読み取って、そう言った。


「アイツの父親って、あんたなんだろ?」


「……」


「そうじゃねえと、可笑しいもんな。

あんたはアイツを殺さなかった……それに、

初めから、俺たちを殺そうとしなかったこととかな。」


殺そうと思えば、いつでも殺せたはずだった。


「……さあ? どうだろうね?」


「どうでもいいけどな。」

ミツルは天使に背を向けた。

こいつは、ただ、俺たちと話がしたかっただけなのかもしれない。

いまさらそんなことを考えている。



「まあ、また会うことも有るだろう。……せいぜい、生き延びるんだな。

欠落者よ。」



後ろを振り向くと、もうそこには誰もいなくなっていた。



気にせず、家まで歩き、


扉を開けた。



少し大人びた声が自分を出迎える。


「お帰り」


ネルの言葉に、笑って返事をする。

「ただいま」


俺たちは、魂の部分部分を共有し、足りないものを埋めあった。


互いに欠け落ちたものを互いで補った。



もし、俺を主人公として物語を書くのなら、

きっと、こいつは、

勇者だったに違いない。

「少しだけ背が伸びたな。」

「ん? ああ……お前の人間性ってやつが入ってきたせいかな」


夢の扉から出るとき、

物部三鶴の欠損した人間性を、ネルの『悪意』で補うことによって

埋めることはできた。


反対に、ミツルの人間性の一部がネルに入り込んだということ、らしい。


「ケケケ! ……まあ、色々あるけどさ。」

ネルは半分人間になった瞳を嗜虐的に曲げて、ミツルを見る。


「いろいろ折り合っていこうぜ、ミツル」


ミツルは笑わない。

「……そうだな」

別に、無理に変わる必要なんてない。

これまで通りでもいいんだ。


まあ、直に、

変わらなけりゃいけないときは、来るんだから。



悪意は消えてなくならない。

そうじゃないと、俺たちではない。


☆☆☆


彼らの頭上遥か高くに、腐った目をしている魔物が一人いた。

ピレネー。

物部三鶴の『劣等感』は、皮肉を込めた笑いを止めない。

「なあ、ミツル……お前、勘違いしてるんだぜ?」

お前の人間としての存在力の根本は、、

なんかじゃない。


「悪意を喰らってこそ、生きることの意味が分かるってもんだ」

そうだろ? まだお前は自分が何か、

知らねえみたいだからな。


「物部三鶴に何故、欲望を司る悪魔が住み着いたのか、

……ただの偶然で済ませていいわけなかろうに。」


ミツル、お前は分かっているんだろう?


どうしてお前が、『』。

お前が人間性を取り戻したのに、

俺という劣等感が、なぜ生き残っているのか。


「すべてに意味がある、お前がまだ知らないだけで」

まだ何も終わってねえぜ、

物部三鶴よ。




<まだ終わってない>

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生きる意味のない俺が、死にたい勇者に出会ったら。 黒犬 @82700041209

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