第35話ネルの回想② 

 後悔というのは、きっと死ぬまではずっと離れない。

 ちょうどこのころに学んだことだったと思う。


♦♢

「どうして、お前はそんな簡単に命を奪おうと思えるんだ!!?」

少年は、ネルに叫んだ。


 言われたネルは、心外だと思い、

「……なんでそんなこと聞くんだよ? お前のためじゃないか」


「違う! 違う! 俺は!! そんなこと言ってるんじゃないんだ!!」

「?」

何を言っているのかが理解できない。


「じゃあ聞くけどさあ。お前は、殺されてよかったのか?」

「それは、」

「お前のためにやったことだぞ? それなのに、どうして不服そうにしてんだ?」

「……!」

「第一、さあ。」


ネルはめんどくさそうに血に濡れた手を自身の頭に重ねる。


「お前がどれだけ困ったところで、どれだけ苦しんだところで、

どんな高尚な美学を持っていたところで。

そんなことに、意味なんかねえじゃねえか。」


彼女のその言葉に、彼は頭をびくっとさせ、瞳を強く強く歪める。


「……俺は、お前が、もっと……」

少年の声が、彼の涙とともに、かすれる。


どうしてそんなに苦しそうに泣くんだ?

なんで?

考えながら、ふと彼のそばにあった編み物が目に入った。

幸いなことに、土埃で汚れただけで血はついていないようだ。


「それ」ネルは問いかけた。


「こんな、もの。いらねえよ!」

ネルにそれが無造作に投げつけられる。


「頼むから! 放っておいてくれ!」

そう言って、自分の隣を走り抜けていく彼に。


かける言葉は、何も見つからなかった。


♢♦♢♦


 いつも通り、家には帰らずに街を歩いていた時のこと。

ネルは物思いに耽っていた。

 「どう、すりゃあ、いいのかなあ??」

仲直りがしたい。したくてたまらない。

やっと友達になれそうなやつに出会ったっていうのに。

困ったなあ。

 ふと、街路のわきに店を構えていた行商人が、

布地の服を売っているのが目に入った。

 暖かそうな服だなあ。

ネルは思う。

 そもそも、どうしてアタシはアイツのことばっかり考えてしまうのだろうか?

気にしなければいいというのに。


その行商人の前に立つ。

「ん? どうした嬢ちゃん、なんか買ってくかい??」

「なあ」

「あ?」


「布を縫うって、どんな気持ちなんだ?」


聞かれた行商人の男は、首をかしげた。

「……そう、さなあ」


少しばかり考えた後で、男は顔を明るくして、

「身に着けたやつが、ずっとずっと。」


「ずっと?」


男は一息置いて、


「孤独にならねえように願うかな」


♢♦♢♦♢


とぼとぼと歩く。また凝りもせず、あいつのところへ向かう。

彼女の手には、一枚の布と、少しだけのお金。

文字通り、彼と仲直りをしに行くのだ。


「名前も、聞いてなかったしな」

ネルは独りごちた。


裏路地を二つ三つと回っていき、目的の場所へと近づいていく。

前回とは違って、ゆっくりと。

頭の中で、何を言うべきかをまとめる。


……よし。


ネルは気持ちを固める。大丈夫だ。

きっと、大丈夫だ。


最後の角を曲がってすぐに、ネルは声を高くして

「やあやあ! 元気かあ? ケヘへ!! この前は、、」

だが、彼女の向かう先には誰もいない。


「……なんだ、っての」


♢♦♢


 その三日後のことだ。

 そいつは。


 道端で。

 倒れていた。

 助けることもできなくて。

 ずっと体を揺さぶったけれど。

 そいつは。

 

体をゆすっていると、一枚の紙が服から出てきた。

風に飛びかけたそれを素早く取って。

中を見た。









『命なんて、死んだらおしまいじゃないか』





唇をかみしめた。

悔しい。悔しい。悔しい。

周りに獣人たちが集まって、こちらを見ている。


「可哀そうに、ああ食べるものが無かったんだろう。」

ネルの後ろでとある獣人が呟いた。




「お前は、こんな。死に方、したら、、、だめ、、じゃないか……」

正しく生きようとしたんだろう?

自分の力だけで、生きたかったんだろう?


ずっと、生きたかったんだろう?


「これじゃ、あたし、は、ほん、とに……」



駄目な子になっちゃうじゃんか。








 


 

 

 

 


 

 



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