第36話かけがえないこと
悪魔と天使が笑っている。
両者は、互いに傷ついていた。
だが、痛みがあることなど、彼らにとっては些細な問題でしかないようである。
ああ、なんということだろう?
今の私には、彼らが化け物には見えない。
かつて私に、パンドラの匣を与えたミカエル。
ミツルの命を、間接的に救ったマモン。
あなたたちは……
互いをけなすように、見損なうように、まるで。
人間が、自分の責任を他人に押し付けようとするかのように。
それほどまでにあなたたちは、
命というものを、認識し始めている。
♢♦♢
真っ暗な世界が広がっている。
「ここ、は? 俺は、なにして……?」
物部三鶴は、自らの姿を認識して疑問をこぼす。
やけに、気分がいい。
追っていたはずの怪我が治っているのか、痛みを感じない。
こんな感覚を、どこかで経験したような……。
「あ、魔境石、か? ずいぶん懐かしいなあ…‥」
彼は左腕を持ち上げて、頭を掻く。
って、え?
「左腕が……!?」
ツムギとの闘いで失ったはずの、左腕が。
元通りになっている。
彼が自分の置かれた状況を必死に整理しようとしていると、
後ろから、誰かの気配が感じられた。
「だれ、、、、おま、、え、、」
彼の目の前には、
誰かも分からない一人の魔物がいた。
少年のような風貌をした、おとなしそうな魔物に見える。
少しばかりとろそうに見えるが、ずいぶんと優しい眼をしている。
「誰……?」少年のほうが、ミツルに尋ねる。
「あなた、誰なんですか?」
「……ミツル」
どう答えても話し合いは発展しないように思われたので、
とりあえず、自分の名前を言った。
「ミツル……」
興味深そうに、少年は声に出して、彼の名前を読む。
「なんだろう? 一度も聞いたことが無いはずなのに。なんだか、
こころが、あったかくなってくる……」
「……お前、は?」
「へ?」
「名前」
ミツルは、立って向かい合う少年に、指をさして、名前を尋ねた。
ああ、と理解したようである少年は、
「僕の名前は…………、」
優しそうな瞼を下に下げて、そいつは言った。
「ネル、それが、ぼくのなまえです。」
♦♢♦♢
おかしい、おかしい。悪魔は思う。
彼は自分がのっとっているはずの、欠落者の体を見つめる。
なにかが、おかしい。
元々、この悪魔は、この体を好きにしていいと考えて、
自らを封印していたツムギの体から、手を伝って、
この青年の体に乗り移ったのだ。
それなのに。
一向に、「支配欲」が満たされない。
初めから、わたしは、この子の魂ごと食おうとしていたのだが?
「よそ見か? 穢れたものよ」
「!」
少し気を抜いていた間に、光の矢が目の前までせまっていた。
「『食欲』!!!!!」
口を大きく空ける。
それとともに、本体をはるかに上回る巨大な咢が出現した。
ガキンッ!!
ミカエルの光が、虚空にはじける。
口内から煙を出しながら、頭上の天使を見ようとする。
……が、案の定、すでに自分のすぐそばまで移動され、
避けられない攻撃を放たれる。
「『殺意』」
その詠唱とともに、いくつもの刃物の形状をした悪意が、
向かってくる。
よけられない
「か、、ア!!??」
一瞬のことだった。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!
見れば、自分の両腕と両足が、
体から、四肢が切り離された。
「く、ぐ、、ふ……ゥ」
悪魔は、悶える。
「…‥母親と同じような死に方をさせてやるつもりだったが、
それも、叶わないな。」
ミカエルの掌から、光の玉がいくつも浮かぶ。
すると、、
「最後の情けだ。……その愚かな存在ごと消し去ってやろう。人間の子供よ。」
掌の上に、白い光のみならず、『悪意』の力が集まり始める。
天使の片目が、真っ黒に染まる。
いくつも血管が浮き出ている姿が、ヒトならざる物であることを証明していた。
バチバチ、と空間を巻き込みながら、ミカエルは、
この物語を終わらせるための、最後の攻撃を構える。
「『
ここまでか、私も。
悪魔が自らの滅亡を悟り始めたとき。
どくん。
ミツルのものであろう心臓の音が聞こえた。
どくん。どくん。どくん。どくん。
なんだ? …………!!!!!!
心の中で、何かが暴れている。
暴走する、何かがある。
止める気力も、もう尽き果てている。
もう、仕方がない。
悪魔は一人、納得する。
「じゃあ、、のってやろうじゃないですか。
ツムギ……!!!!!」
恨めし気に、彼女に向かってそう言った。
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