第37話今でも同じですか?

「……ネル」身近な名前だ。

「お前は、『ネル』って言うんだな?」


「ええ、そうですけど。……それが何か?」

「お前と名前が同じやつを知ってるんだ。そいつのことを知ってるか?」


すると、ネルは首をかしげて、思案する。

「僕と同じ名前……? それは、ありえないですよ」

「ありえない? なんで?」

「……あなた、本当に魔物なんですか? 知らないはずはないんですが。

いいですか? 魔物の名前には、『真名』って言うのがあるんです。

『真名』を知ることができるのは、通常その名付け親だけ。その場合を除いて、たとえ夫婦であったとしても、本当の名前を知ることはできないんですよ。」


「本当の、名前?」


「はい。……それで、みんなは自分でも知ることのできない真名に生まれたときから束縛されています。恩恵、とも言えますがね……。真名はそういう意味で、その生命そのものに影響を与えるもののことです。ですから、魔物の名づけにはいつも束縛が伴う。だって、その魔物が生きていることの証が、その名前なんですから」


「……けど、それじゃあ、お前と同じ名前の奴がいてもおかしくないんじゃねえのか?」


「普通は、そうでしょうね。……けど、僕の名前に関しては、少し事情が違います。」

一気に話すことに疲れたのか、少し息を置いて、


「だって」


「僕の名前を付けたのは、僕だったから。」


自分で、自分を名付けたのか?

「つまり、どういうことなんだよ? お前がお前の名前を自分でつけたらなんか不都合があるのか?」


「……本当に何も知らないんですね。さっきも言った通り、真名を誰かに与えるって言うのは、それだけで、自分の命を分け与えることになるんですよ。

だから、名付け親と名付けられた子は、一心同体、つまり魂を共にすることになるんです。ですから、みんな一致を避ける。」


瞳を暗くして、少年は言う。


「名を貰うということは、命を分けてもらうこと。……ですから、僕の名前は、

物の名前からとったんですよ」


物の名前。っていうと、

そこまで言われて、ミツルはネルの首元に巻かれていた汚れているマフラーに目をやった。

綿、ああ。


「……そうか、だからなのか。」


フランネル、の略称は、ネルだったよな。


「…‥じゃあ、これが最後の質問だから、答えてくれ。

青い髪の、女の子を知ってるか?」


聞かれた少年はうっと顔を歪ませた。

「青い髪、女の子……? ハハ、、ええ、知ってますよ。

僕が、死ぬ理由にした子の名前です。」


「死ぬ理由?」


「深くは聞かないでくださいよ。無粋ってものですから。……そうか、今はあなたが、彼女の遊び相手になってるんですか」


少年はすべて悟ったように、そう言葉を投げかけた。


「知ってるのか!? ネルのことを!!」


「ネル? なんですか? あいつ、自分のことをネルって名乗ってるんですか? ハハハ」

少年は笑う。

「滑稽な話じゃないですか! あなたもあの化け物に騙されているんだ」


「……そんなこと!」


「いいえ! ありますよ、ありましょうとも!! じゃあ、ミツルさんは、

『本当の彼女』を知っているんですか?」


「……」本当の、あいつ?

どうして俺が知っていると思った?


「あんなの、ただの化け物じゃないですか!! 命を、なんとも思っちゃいない!! 生きるだけの、死人と一緒だ!!」


「……あー」

くだらない。くだらない。

こんなこと。

やってる暇なんて無いっていうのに。


ミツルは尋ねる。

「お前は、死にたい死にたいってほざくやつを、どう思う?」


「死ねばいいって思いますよ?」


「ふーん……」

がっかりだなあ。


「なんですか? 何か僕が間違ったことでも?」


あたかも自分の意見が一番正しいかのように、少年は言った。

まあ、

それは俺も同じことだけれども。


「知ってるか?」


「何を」


「死にたいってやつが、どれだけ生きようとしてきたか」


「は?」


「自分の命が、今にも消えそうになる、その瞬間まで、ずっと、

ずっと、『考え直そう』とか『もう少しやってみよう』だとか、

そんな他人のきれいごとを、いろんな手段を使って調べて、

調べて調べて、もう何も見つからなくなってもまだ、」


ミツルは下唇をかんだ。


「まだ、自分のことを守ろう守ろうってしてたって、、知ってるか?」


「……あなたの、話をしているんですか」


「俺じゃねえ」

ミツルは言う。


「もう、俺じゃねえ」

俺はもう人間には戻れない。


「いろんなものにすがって、助けを求めていたのに、誰も助けてくれなくて、

それでも、何回も何回も違う方法で、改善しようとしてたやつがいたことを、しってるか」


「……」


「お前の言い分も分かるよ。けどさ、俺はこう言いてえんだ。」

ミツルは言葉を区切って、


「そうやって、命をすり減らして生きてきたやつを、馬鹿にするな」


単純なことだから。


「お前に何があったのかは知らねえが、お前がどんな境遇で、どんな辛い目にあってきたのかも知らねえが、


それでも、お前が、そんなする必要なんか、全然ねえよ」



無論、相手は少年である。

ミツルが経験したことなど、ほとんど理解できないだろう。しかし、


(きれいな魂だ)


そう思った。


そっかあ。少年は思う。

この人だったら、大丈夫なのかもしれない。


「……そっか。それなら、あの子を、守ってあげてよ? ミツルさん」


見ると、少年の表情が、少しだけ、ほころんでいた。


「どれだけ辛くても、どれだけ悲しくても、どれだけ憎しみに満ちていても。

彼女を守ってあげて。」


(僕にはできなかったことを、やり遂げて)


「ああ、って、お前……?」


少年の体が、光に変わっていく。


「遠くから見てるから、ね!」


その言葉とともに、彼の体は消えてなくなった。


「……ウッ!!??」

何だ?? 嫌な気配がする。


ふと前方を見ると、暗闇が視界を覆っている。

あれは……悪意か!?


逃げようとする前に足首を掴まれる。

すると、

悪意の手が、体に触れた途端、体に黒い闇が浸透してきた。

彼の体が、黒く染まる。


「が、、、ああ!!」



悪意を、取り戻す時が来たようだった。





<続く>




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