第38話本性の謎

 潰された頭が酷く熱い。だけど、また意識が戻ってきたようだ。

潰れた細胞や、裂けた切り傷も、順を追って再生していく。

……。どうしても、この体は死ぬことを許してくれないらしい。


戻ってきた視界に飛び込んできたのは、意地の悪そうな天使の横顔だった。

「ふん……戻ってきたか」

自分の畳んだ白い翼を撫でつけながら、天使はネルに話しかける。


「……お、まえは。なんで、こんな、こんなこと、したいんだ……?」

ネルは彼に問いかけた。


「……さあ、何でかな。」

さっきとは打って変わって、寂しそうな風に見える。


「ミツルは? ミツルは、どこにいる?」

ネルは必死に問いかける。


「……もう、」

ネルは口の動きを追う。



「……ぇ?」


天使はさもつまらなそうに、「事実」を述べる。


「あっちの私の攻撃に耐えきれず、存在ごと消えたさ。あの欠落者はな。」


「あ、、、あああああああああ!!!!!!」

ネルの思考はその一言でせきが切れたように、壊れる。

彼女を縛っている悪意の鎖が悲鳴を上げるようにきしんだ。


『閉じられた空間』が揺れる。


「……ずっと不思議だったことがある。」

天使は、青いオーラに包まれていく少女を横目に、言葉を発する。


「どうして、もっと早くあの男を殺さなかったのかと。」

ネルの姿が、だんだん巨大化していく。


「我ながら、無駄なことをしたと思うよ。私の目的は、もっと早く叶えることができたというのに。……本当に、馬鹿だった。」

ネルの角が青く染まり、禍々しく曲がっていく。


「お前たちを空から見ていて、もしかすると情が湧いたのかもしれないな」


ネルの爪が、牙が、長く鋭くなっている。


「自分で自分が、疎ましくなってきたよ。君が、キミだけが、

いればよかっただけなのに。」


彼女の周りに青い雷が付きまとい、彼女に本来あったはずの魔力がこの、

天使が作り出した空間そのものを崩壊させていく。


「そうだな、本当なら、魔法が使えさえすれば、お前は、私にも負けはしないはずなのだよ。……それなのに、不思議だな?」

天使は首をかしげる。

「どうして、あの男が、この状態のお前と、対等な戦いができたんだ?」


『……もう、いいよ』

 

怪物化した少女は重々しい声を発する。


『お前が作った世界なんて、この世から消してやる』


だから、


『あたしは、もう。』


青い魔力を、自らの拳に乗せ、全体重を足にかける。


『こんな世界で生きたくないんだ』



気づいたときには、


ネルの拳は、天使の体を貫き通していた。


目の前で、もがく天使の姿が見える。



「く、、くく!! やはり、、お前も、……!!!!」

そして、


考えが及んだ。



誰に利用されても。

誰に虐げられても。

誰に痛めつけられても。

誰に、

嫌われても。


守りたい何かがあって、ずっと守ってきたのに。


こんなに虚しくなるのは。


崩れ去る天使の、体を傍目に、

涙は流れない。



冷静な表情で、ネルは思った。









わたしに、敵なんて、



ほんとうに、いたのかどうかを。






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