第5話ネルという魔物は。
幼いころの記憶。
お母さんとお父さんと3人で暮らしていたころの、記憶。
小さなころはなんでも手に入っていた。
ごはんが食べたければ、お母さんが作ってくれた。
遊びに行きたければ、お父さんが連れ出してくれた。
でも、そんな幸せは長くは続かなかった。
あたしが覚えているのは突然鳴り響いた鐘の音と、
耳をつんざくたくさんの悲鳴だけだ。
昼間のことだったと思う。なぜかその日、お父さんはおらず、
朝からずっとお母さんの様子が変だった。
「その日」、お母さんは私に言った。
「あんたなんて生まなきゃよかった。」と。
ネルは、幸せを奪われたのだ。
ある程度年齢をとって少女と呼べるまでに成長したネルは
自分が疎まれていることを知った。
「穢れた血の子供だ! 早く捕まえろッ! 」
ぼろきれを着た少女は、大きな獣人に追われて逃げていた。
両手にパンと果物を持ちながら、
「はあ、は、あは、はは、、はは、あぁ・・・・・・・!! 」
必死に逃げまどっていた。
小さなころから、家から出たことがないにも関わらず、
大の男が全力で追いかけてもネルには追い付けなかった。
「あー、くそお!! なんなんだ、あれは!!」
男は一人ごちた。
ずっとずっとずっとずっとずっと、走った。
そして、生き続けた。
時間は戻る。
・・・・・・・・・・・冷たい。
ネルは、何かの中で目を覚ます。
ここは、どこだ?
ひんやりとした鉄製であるだろう床に手をついて、ネルは周りを見渡した。
何も、、ない。 いや、そもそもなんで床が鉄でできているのだろうか?
「確か、さっきまで、変な箱持った女にやられて……? 」
そうだ。なんであたしが生きてんだ?
もう死ぬものだと思っていたのに。
「お目覚めかしら? 」
後ろから聞こえた声に、ぶわっとネルは飛び引いた。
「・・・・今まで馬小屋とか鳥小屋とかいろんな場所で寝泊まりしてきたけどよお
こんなに寝起きが悪いのは初めてだぜ。化け物のおねえさん」
「フフフ、魔族から化け物だなんて呼ばれるなんて、可笑しいわ」
女は、薄暗い部屋の中で嘲笑う。
「本当は、『あの方』に会うことを先決にしなければならないのだけれど、
貴方みたいな異物にこんなに早く会えるなんてね?
ねえ、魔物のお嬢さん? あなた、これ、何に見えるのかしら。」
またあの時の「箱」が出てきた。
「・・・・・・・!!! 魔法の、道具・・・・・・?」
「間違ってはいないわ、間違ってはいないのだけれど、不思議だったのよねえ」
「何が」
「本当に魔法が使える、いえ知っている存在なんて、もう『この世界』にはいないはずなのに。どうしてあなたはこれを「魔法」だと言ったのかしら? 」
「・・・・・・それは、」
「魔物には、本来魔力を感知する能力はないのよね。あなただって
この『パンドラの匣』の「声」、聞こえないのでしょう? 」
「・・・・・・」
この女はさっきから何を言っているんだ。
「・・・あの時、私は数秒であなたを殺そうとしていたのよ。
それなのに、数十秒経ったって骨の一本も折れる気配がない、
内臓だって潰れておかしくなかったのに、ねえ・・・・・・」
女は鬼のような形相になって、
「あなた、何か『特別な血』でも混じっているんじゃないの? 」
ネルはその表情を見て、場違いにも昔のことを思い出していた。
昔、私を「穢れた血」と呼んで蔑んできた者たちと同じ目だ。
「そうそう、あの時のあなたの、ええと『咆哮』だったかしら? 」
女は首をかしげる。
「あれって、異常な肺活量に、丈夫過ぎた声帯でやったことでしょう? 」
ずっと、ずっと質問攻めにされている。
いいから、早く「あれ」を聞いてくれ。
そのほうが、いい。どうせ、これからの会話が、私には読める。
女はゆっくりと「あなた、」と言いながら、ネルに指をさして、
「ネフィリムだよね? 」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます