第24話誰のための物語?


 不遜に笑っているネルの隣で、ミツルは酷く困惑していた。

 当惑。そんな言い方をしてみたが、やはりたいしたことではない。

彼は如何せん、しまうほどには精神は脆い。

脆いが故に、彼は現実というものをかなりどうでもいいことだと捉えている節があるのだ。

 そんな彼だから、大抵のことでは反応しない。


 目的の家の前。不思議な気配がする。

なんだかずっと、そばにいたような、そんな気分。

何故かここだけ、『悪意』の影響を受けていない。


     ズキ。


 「お前ひとりで行け。」

隣で笑った眼をしたネルが呟く。

 その沙汰とったような声を聴いて、三鶴は少し怯えた。

「ネル、お前……、何を言って?」


「これから先は、お前が、見つけないとだめだ。」


少女の言葉を聞いて、少し思うところがあったのか、少し考えて、


「お前は、ついてきてくれないのか?」


「ああ、ついていくには、ちょっとばかし時間をかけすぎたよ。」


「お前の、家だろ?」


「アタシのじゃない。」


下を向いて、ネルは呟く。


「アタシなんかのじゃ、ない。」


「どうしたんだ? 急に、」


「いいから行け!!」

辺りに響く声でネルが叫ぶ。


「わかったよ……また後で話そうな。」

そう言って三鶴は、「家」に向かって歩き出した。


♢♢♢♢♢


伸びきった雑草をかき分けながら、三鶴はその家のドアを開けた。


「あ……、」

いる。目の前に。

 

ローブで顔を隠し、長く伸ばした黒髪をポニーテールにしてまとめている。

ネルとミツルが探していた人間が。


「やあ、よく来たね。ミツルちゃん。待ってたよ?」

ツムギは、彼を見て語り掛ける。


「なんで、こんなとこにいるんだ?」


「なんでもいいでしょう? それよりも、少しお話をしましょう。」

そう言って彼女は手で三鶴を招いて、さびれた椅子に座るように促す。


「あなたのお話をしましょう。」


♢♢♢♢♢♢♢♢


 人を笑顔にできる大人になりたい。

ずっとそれだけを考えていきていた。


 夢に夢見て許される時間はもう過ぎ去ってしまったけれど、

希望くらい持っていてもいいじゃないか。


 せっかく生まれてきたのだから。


 

 「やあやあ、お久しぶりだねえ、ミツルちゃん。調子はどうだったかな? 

  ネルちゃんとはどうだい? 進展しているの? アハハハハハハハハ!

  ん? アハハ、そんな怖い顔をしないでおくれよ。冗談だよ冗談。君は全く、  困ったことに冗談が通じないのだね? いやいや、困りものだよ? それは。

  何しろ、キミはずっとずっと、喧嘩腰に見えてしまうのだもの。はたから見て  いたら、どう見ても、ジャックナイフだよ。キレッキレなんだよ。うん。

  誰にも、きをゆるしていないっていうかさ。

  もう少し君は、ニンゲンってものを好きになるべきだね。」


 「……」


 「おやおや、無反応? いや、反応の仕方がわからないのかな? 君らしいね。

  まあ、いいよ。他人の生き方に口を出すつもりは毛頭ないんだから。」


 「なあ、あんた。」

口を挟むと、彼女は、ん? と首を傾げる。


 「なんで、あの時、俺のことを殺さなかったんだ?」


 「…………ああ、そうだねえ」

ツムギは、ローブで隠されている顔を心無しか寂しげにかしげて、


 「もう少し、君のことを確かめたくなったからだよ。」


 「何を」


 「君が、


 俺が、失いたくなかったもの。

 俺が、忘れてしまったもの。


そんなことを、もう忘れ去ってしまった過去の記憶を、思い返していると、

ツムギは、顔を隠していたフードを、そっと外した。


「……え」


なんで、

なんで。


「あなたには、私が誰に見える?」


彼の目の前にいたのは、彼の知っている物部 紬 そのものだった。


「そんな、、そんな、そんなことが、、あるかよ」


「あるかもしれないし、無いかもしれない。私は、のひとつでしかないんだから。」


「俺の、可能性?」


三鶴が疑問に頭を悩ませていると、ツムギは髪をかき上げ、ローブを外し、

自分の姿が見えるようにした。


人間そのもの。

ありえない。


「あんたも、欠落者?」


「そうとも言えるし、そうでないともいえるわね。」


「あんたは、物部、つむぎか?」


「……,それは、」


彼女は少しの間だけ考えて、


「もう、そうではない、が正しい答えね。」


「どういうことなんだ?」

そう聞くと、彼女はこういった。



のひとつでしかないわ。」


え?


?」


「ええ、……ここ、魔界に天災を生じたイレギュラーであり、異端者であるツムギは、」


そこで区切って、彼女は、三鶴の目を見つめて


「人間、物部三鶴が落とした、だ」


と言った。














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