第29話あいしてる

 欠落者の一撃を喰らったミカエルはその体を数回回転させて飛び引いた。


「……本当に、どこにでも来るな、お前は。」

ミカエルは、三鶴を見て愚痴をこぼす。

「ほかにやることはないのか? ……ふん、」

言いながら、ミカエルは彼の体を見つめる。


「左腕はどうした? 誰かにくれてやったのか?……、、何も無くさずに済んだものを。」


「こんな見せかけだけの腕、はじめからなくていいんだよ……『普通に生きる』?

ハハハ! それができてりゃ、世話ねえや。」三鶴は彼が人間だった時のように、その瞳を自虐的に曲げる。

天使は彼のその様子を見て、怪訝な顔をした。


三鶴はこの世界で長く過ごして、ずっと忘れていたものを、思い返す。

自分のことを。


どれだけ時間が経っても、消えずに心に残る。

惨めな自分自身が、今でも憎い。


こちらを強く睨む天使を、同じように睨み返しながら三鶴は、

そのまともに残った右腕を挑戦的に向ける。


「本当に忘れちゃいけなかったのは、『正しさ』でも、『悪意』でも、

ましてや、『生きる意味』でもない。……ただの、弱者の自分だ。」


抱えた理想が叶わなくたっていい。自分を忘れるくらいならどうってことはない。


「世界なんてどうでもいい。ネルも、あいつは一人で大丈夫だ。

俺のこともいい。母さんのことも、いい。……でも、まだ通さなきゃいけない義理があるんだよ。俺は、今! ここで! お前のやってることを止めなきゃいけない!!」


三鶴は真剣に、その天使に心をぶつけた。


「馬鹿な……」天使はその美しい顔を、訳が分からないというように歪めて、

「馬鹿な」


「そんなことをしたところで、 お前は、もう人間には戻れないのだぞ?

いや、それどころか、もう、……」


三鶴は笑って、天使の言葉に答えない。

「……俺のことをこの世界に引っ張ってきたのは、俺の死んだ母親だ。

何で、あの人がそんなことをしたのかが、今なら少しは分かるんだよ。」

三鶴は、ボロボロになった『絶望』に目を向ける。


「本当だったら俺は、に、もう死んでたんだ。」

今でも覚えている。あの時の、自分を見つめる、『悪意の目』を。

自分を嫌った者たちの、おぞましい瞳を。


「内臓は死ぬほど痛かったし、肩も、足も、もう使い物になってなかったさ。

あのまま、道端で倒れていたら、そのまま死んでいた。」


黒く、黒く。

心が、染まっていた。


三鶴は一歩を踏み出す。

「あの時に、死ぬつもりだったんだけどなあ。」


だけは、死んでも見捨ててくれなかった。


「……特異点。 どうして、お前のようなものがここに存在してしまった?

命とは儚いというのに。……貴様の力では、私は殺せないぞ?」

天使は、漆黒に染まりながら、欠落者に言う。

の貴様では、決して。」


三鶴は少しおどけて、

「ありゃ? 気づかれてたのか……、 っと、……お?」


すると、頭上から聞きなれた声が聞こえてきた。

『------------!!!!』


真っ青な空から、すごくきれいな青色が、天使の後ろに落ちてきた。

ズダンッッッ!!!!!


着陸した力で、下の地面がひび割れる。


舞う土埃を払いのけながら、一匹の魔物が姿を現す。

日の光を浴びた二本の小さな角と、黄色の綺麗な目。


少しも手入れが行き届いてない、真っ青な長い髪が風に流れる。


すっかり黒くなった天使は、瞳を瞬かせて

「フランネル?」と、呟いて、頭を抱える。


「……、懐かしい響きだな? 何のことかは知らねーが? 」

ネルは、分からないというように、両手を上げて彼に呟く。


「ん?」

天使は、何百年も前のことを思い出す。

一人の人間の女性のことが、頭をよぎった。


同じような笑顔を過去にも見たことがある気がしてきた。

ただ、誰のことかまでは、気が付けない。

脳裏に声が響いた。


『あの子を、よろしく、お願いします……!』

……? 誰、だ? 分からない。


「その顔でその声で、」

激昂した天使は、ネルにいくつもの、魔物たちを殺した時と同じ、

巨大な羽根を飛ばした。

「私の前に立つな!!」


ネルは笑う。


地面に右足を深く踏み込み、腰に力を込めて、

ゴガッッ!! 無機質な音が辺りに響く。


ネルの体に、『翼』が直撃した音だった。

「!」

天使は、彼女を見て、寒気がした。

今の攻撃だけで、彼女の体は貫かれた。

はずなのに。

たった数秒で、その傷は消えた。


なるほどな?

死ねない命か。


「不死……ねえ? ネフィリム……お前のようなものにこそ、尋ねたいものだな? 『どうして生きている』のかを。」

天使がニヒルに挑発ともとれる言葉を投げかけると、



と、大して気にした風でもないネルは即答した。


「お前の、あたしたちの。拙い物語に、最後を作るのがあたしの最終地点。

ゴールってやつだ。」


「はっ、? なんと、面白みのない冗談だろうな」

天使はあざ笑う。


「そんなおまえたちが、死ぬほど嫌いだよ。私は。」


天使は、気力のなさそうな目で、彼らを否定する。


だが、天使のその言葉に対する彼らの反応は、意外と短い言葉で返された。


「「同意するさ!」」










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