第30話誰かの願ったきれいごと。

 孤独な堕天使は、その漆黒の翼を広げて、目を閉じる。


「……お前たちは、救いようがないほどに、愚かだな、欠陥品。」


ゆっくりと、その体が空に持ち上がっていく。他の者たちを見下しながら。


ネルとミツルは、気を失っているライネルと四肢の半分をもがれた化け物を背に、

全ての元凶たる堕天使に、正面から向かい合う。


もはや、何者ですらない者たちの、会合。

『……………これで、いいのかしら、あなたたちは』


誰にも聞こえないツムギの言葉が、虚空に響く。


 辺りに、堕天使が発しているのだろう暴風が吹き荒れている。

これも、『悪意』 ……いや、何か別のものであるようにも思える。

もしも、この力が悪意によるものでないとするならば、

『彼』は何をもって、何のために生きているだろうか?

 ふと、ミツルはそんなことを考えた。


ゴゴゴゴゴゴ、、と、大地が震える。

「これが始まりとなるだろう。すべての命のために」


堕天使は無邪気に微笑み、彼らに咆哮を上げ、


その身に宿るエネルギーで、を捻じ曲げた。


♦♦♦♦


これは、勝負ですらなかっただろう。


 その堕天使の持つ力は、欠落者も、ネフィリムでさえも足元にすら届かないほど

強大で、果てしないものなのだから。

せいぜい、彼らが天使の攻撃を必死になって防ぐくらいのものである。


「ここは……?」


そう呟くネルのもとに攻撃はほとんど飛んでこない。

光の屈折の魔法のせいで、ネルの視界は今、天使を捉えられないのだ。

さすがの天使も、ネフィリムと区別したほうがいいと判断したんだろうか。

今、ネルは、閉じ込められた世界にいる。


反対に、攻撃が来て、ボロボロになっていくのは。


「か、、、、あああああ!!」

ずっと、化け物やライネル、そして、魔物たちを

天使の翼の攻撃から、身を挺して守っているミツルだけだった。


天使は彼に無数ともいえるような、光の矢を放つ。


守れない…!

ミツルがそう思っていると、

彼の後ろから、どんよりとした黒が、通った。

「!」

目の前の、黒い化け物は、残った片腕をかざし、

いくつもの残った『悪意』を広げた。

残った最後の、本当の残りの力。


『ねえ、、? さいごに、きいてくれないかしら?』

背を向けながら化け物は、欠落者に問いかける。


『わたし、はね、、ずっと、ずっとずっと、、ひとり、だったわ』

化け物の片腕がぎりりとひしめく。


『なにものにも、なろうと、していなかった、の……、だからね、

あなた、みたいに、自分からになれる、ひとがうらやましかった』

初めはあんなにおぞましかった腕が、だんだん痛ましいほど細くなり、傷ついていく。


『あなた、は、きっと、そういう生き方しか、でき、ないの、よ、ね?

ゴメン、ね、、わたしが、おしえて、あげられていれ、ば、よかった、のに……

なにも、してあげられなかった、、ね。』

化け物の黒い5本の指が、バキボキと折れていく。


『……でも、ね? わたし、こんなん、だけど、あなたのきもち、けっこう、、

分かる、の……、あなたは、ただ、、じぶんを、、変えたかっただけ』

分かるのだ、と元人間だった化け物は、欠落者という怪物に語り掛ける。


『悪役にしか、なれなかったし、なろうともしなかった、その気持ちが、私だったら、少しはわかってあげられるから、だからね?』

そこで、化け物は初めて、人間だったころの笑顔に戻り、


『最後だけは、、私に任せてね』


そう呟いたぼろぼろの化け物は、ミツルの頬に触れ、

優しくその髪を撫でつけながら。


ミツルに、贈り物を送る。


♦♢♦♢


天使の望みは世界の全てを壊すことである。

無機物も、有機物も、命も、思い出も、心も、全て。

全て、壊すことが、彼の望みである。


閉じられた世界で、天使はネルの前に立った。

「見えるか? あの男が」

言われたネルは外の様子を見ることできることに気が付いた。

だが、暴れても出ることができない。


天使は彼女のそばに立って、

「本当に、可哀そうなほどだよ。あの人間は。お前には、もう、

『悪魔』の力さえ、備わっていないというのに。」


そうだ。もう彼の心には悪魔はとりついていない。

まだ、ツムギがツムギだった時に、ミツルから悪魔を払ったためである。

今、彼に過去のような無尽蔵の力は持たされていないのだ。

これでは、勝敗は初めから決まっている。


「そもそも、あの男は欠落者だろう。……不安定なのだ。存在そのものが。」

その穴を、悪魔が欲の力で埋めていたにすぎない。

彼は、そのから生まれる『怪物』としての力を使えるだけ。


何も、特別なものは持っていないのだ。


「……世界の主導権、というものが、有ることは知っているか」

天使は、ネルに問いかける。


「人間界と、この、魔界。現在人間界が『世界そのもの』の主導権を握っている。

……どうしてだか、分かるか?」

「…………、この世界が、人間から生まれたものだから、か?」

ネルは答えた。


「間違ってはいない、間違ってはいないが、正しい答えではない。

……正解は、だ。」


「命、?」ネルは、訝しげに眉を顰める。


「命の数は、魔界と人間界とで、一定のバランスを保っているのだ。

因果律、運命の歯車、生命の限界……それらはすべて、創造主のつくった仕組み。

……それならば、、」

天使は言葉をそこで止め、


「もしも、片方の世界の生命が途絶えたら、どうなる!? お前の言った通り

この世界は人間界によって存在しているものだ。ならば、この世界が壊れてしまったとしたら、世界そのものはどうなる!!??」

堕天使は、両手を歌うように前に伸ばす。


「この世界はガラス玉のようなものだ。耐え切れない力が加われば、簡単に崩れてしまうほどにな。」


「だから、壊すっていうのか!? まともな考え方じゃねえぞ!!」


? ははは!! それほどくだらない言葉はない!!

どうでもいいのだ。私は、ただ! この世界に、!」


ミカエルはそこで言葉を区切り、顔を苦痛に染めて、


「美しかったものを!! 取り戻したいだけなのだから!!」


涙を流しながら、ネフィリムの少女にそう言った。


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