第20話弱者の見た夢

 「まだ帰ってこないのか? あのバカ女は……」


誰もいない鉄のみによってできた部屋でピレネーという男は呟く。

この男についての説明は、誰にとっても不要なものである。

何故ならば、彼は

 鉄も砂も、無機物でさえも彼には勝る。

そう、かつては彼も名前などありはしなかった。


 男はぼんやりと部屋の窓から真っ青な空を横目で見ながら、思う。

あの女は、本当に「世界を変える」なんてことをやるつもりなのだろうか、と。


 『ノアの洪水』。物部 紬はを起こすつもりだ。

人間界に対する攻撃。無論、一方的な破滅をもたらす手段。

  

  世界を一つ、破壊する。


 それが彼女のやろうとしていることで間違いはない。


もっとも、なんでそこまでやろうとしているのかまでは、自分にも

わからないのだが。


物思いにふけっていると、部屋の隅に置いてあった魔境石が赤く光りだした。

呼び出しの合図だ。 そろそろ行くかな。

 ピレネーは、わくわくした顔で、魔境石を握った。



 、『影』ができる場所まで急ぐ。

 すると、広大な範囲にブラックホールのような黒いものがはびこっていた。

 

「悪意の渦……か」


 その中には、まるで負の感情をすべてごちゃ混ぜにしたような生き物の怨念が

形を成して、動いている。


 少しすると、その渦の中心から一人の女が姿を現した。

「ん……?」

変だ。背格好は以前までと変わりはしないというのに、いや、

着ている服がボロボロになっているくらいか。


あの女があの欠落者に戦って負けるとは思えない。

ネフィリムとやりあったんだな、と理解する。


 渦がやがて収まると、ピレネーは彼女に近づいた。

 

「おいおい、勘弁してくれよ。何おいそれ逃げ帰ってきて、ん……ぇ」

ピレネーは彼女の目を見て驚いた。


 感情の一切が抜け落ちているみたいに、ツムギの目からは人間性というものが

すっかり抜けていた。

 

「お前、まさか。」

「どうでもいいよ。 早く、行こう」

ツムギは柔和な笑顔を浮かべながら、男に呟く。


「本当に、やるのか?」

ピレネーが聞くと、ツムギは、


「やるよ。 世界の主導権を、人間界から奪ってみせる。」


私のいない間に、あの二人もみたいだ。


ちょうどいい。


「ちょうどいい。あの子たちが正義で、私が黒幕なんて、」


私が望んだ以上の結果だ。


「私はそのほうがいい。」


へっ、と笑ってピレネーはその女についていく。

 横目で見ると、ツムギの鼻からは血が出ている。

 力の代償か。


「そのためには、ネフィリムの力がいる……!」


紬の瞳は、煌々と輝いていた。


まあ、なんでもいいさ。

この俺に、名前をくれたお前なら。

どこにだって、ついていく。


「さあ、!!」


翼を広げたピレネーという男は、そう叫んで空に羽ばたいた。





  

 

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