第39話生きる意味のない俺が、死にたい勇者と出会ったら。

悪魔は、ミツルのことを見て笑った。


「お前に取りついて、楽しかったなあ……」

今までで、一番、幸せだったよ。


始めは、キミのことを不思議な人間だと思っていただけだったんだけど。

キミみたいな出来損ないだったら、簡単に食えると思っていただけだったのに。


それなのに、キミは私のことさえ、友達として扱った。


「あとは、お前が決めな。私はもう消える。」

……悪魔が、幸福を知るなんてこと、あってはならない。

ましてや。

キミは、もう私の存在なんかいらないからさ。


体を光に散らせながら、

「自分のことを守れるのは、自分で自分を励ませる人間だけなんだよ。

……キミには、もうわかっているんだろうけれどさ。」


勇者だったんだよ、お前は。

私にとっても。


体を光に変えながら、

悪魔は一人、

この世界のどこかへと消えていった。


♢♦♢


 ずっと、俺は自分を探していた。


 自分と戦って、自分に負けて。

 自分を恨んで。


それでも、他人のことを見るしかなかった。

ずっと自分本位に生きようとしてきたくせに、母親に対する後悔は消えずに残った。

「……俺は、この世界に来て、ちょっとは、正しい人間になれたのかな?」


ミツルは、彼の世界に迷い込んでいた。

巨大な教会のような場所で、

明るくも暗くもないような場所に、一人の人間が、

決断のためにぽつりと立っていた。


後ろから誰かが動く音がした。


「変わったよ、キミは。君はもう、人間だった頃の君じゃあない。

キミは、物部三鶴じゃない。お前は、ミツルなんだから」

後ろから鈴の鳴るような声が聞こえた。


「……そう、かもしれない」

ミツルは振り返らずに、声のもとに返事した。


?」

クク、、と押し殺すような笑いがの口からこぼれた。


「キミはまだ、この期に及んでも、変われないの? 

他人を切り捨てる覚悟も持てないくせに、どうして自分じゃない誰かを助けられるって思うのよ? まったく、もう」


暗がりから、彼女の顔が光に照らされる。

首元でそろえられている綺麗な黒髪が、生前の彼女を彷彿とさせた。


「私は、キミのそんなところがものすごく嫌い。殺したいくらい嫌い。

貶めたいくらい嫌い。……だけど」


その人は、少しだけ微笑んで、ミツルの顔を笑顔で迎える。


「そういうところ、嫌いじゃないよ。三鶴」


ああ、

俺のの通りだ。

優しい話し方、少しひねくれた性格。本当に。

まだ。

あんたは、

俺の中にいたんだな。


ツムギ。

いや、

「お前は、俺の母さんじゃない……お前は、俺なんだ」

ミツルはどこか悟ったように、そいつに顔を向けて言う。


「そうだろ?……物部三鶴の、


「……」

そう言うと、ツムギの姿をしたそいつは、口元を大きく広げてニタあっと笑う。

「……そうだなあ、もうしょうがない、か」


「魔界に俺を連れてきたのがツムギなら、ツムギが、。悪魔でも、天使でもない。俺の魂が欠け落ちたときに、

お前は、一番最初に、魔界に行ったんだ。」


「……ああ、そうだ」

口調が、物部三鶴のそれと重なる。

 こいつが、いたことを、俺の母親はすぐに察知したのだろう。

だから、オリジナルの俺もこっちに連れてこようとしたんだ。


「どうして、こんなことをした?」

ミツルは最初からわかりきっている問いを聞いた。


「……ハハ、決まってるじゃないか。俺は、母さんに会いたかったんだよ」

そこら辺に置かれている椅子に腰を乗せて、そいつは言う。


「そこに、たまたま俺と同じ感情を見つけたから、ついていっただけだ。

……そうしたら、さ。あの人を見つけた。」

あの人。

物部 紬。


「そうして、すぐに、あの人がパンドラの化け物に意識を支配されていることに気が付いたんだ。」

「……そうして、お前は、そのの中に、わざと入った。」

悪意として。


「そうだ。あの人は、もう人間としてのカタチだって保てないくらい、

魂の力をぼろぼろに使い果たしていたからね。だから。最後くらい自我を守ってやる必要があったんだ。」

「……それで、あの時。あの人は限界だったのに、俺のところまでやってきた。」


お前が、密かに守ってきた、あの人の灯を。

あの人自身が、俺と戦うために使った。


「守られてばっかだな、俺は」


「……ああ、そうだな。はたから見ていて、物凄く死にたくなった。

……けど」


「あ?」


「お前は、俺が思っていたほど。クズじゃあなかったよ。

お前は、ちゃんと、お前だったんだ。ほかの誰にも代用が聞かない、絶望も、

願望も、劣等感も捨てたお前の中に残り続けた物……それが答えだよ。」


ミツルは、すでに知っている自分の存在について、少しだけの笑みをこぼす。

俺は、一体何なのか。

その答えは、もうわかっている。


「……ありがとうな」


「礼を言われる筋合いはねえんだけどな? 俺はお前なんだから。まあもっとも、

人間の物部三鶴自体は、もうどこにもいねえんだが」


頭をポリポリとかいて、ミツルの方を向く。

「もう、命を粗末にすんじゃねえぞ、俺。消えるのは、悲しいんだ」

体を光に変えながら、そいつは続ける。


「たとえ、俺みたいな感情が消えたとしても、

お前だったら、やり直せる。だって、お前は……」

ニコ、と笑って、


「これまでお前が一番大切にしてきた、

物部三鶴の、『  』なんだから」


ああ、知ってるよ。

ありがとう。本当に。

おまえからは、たくさんのものを貰ったよ。


 消えていく自身の絶望に、

消えていった俺の一部に思いを馳せながら、

崩壊していく、俺の精神世界を眺める。


何故か、涙が止まってくれない。

上手く、感情が制御できない。

「しょうがねえ」


散々守られてきたんだから。

せめて自分のことくらい肯定して見せよう。


まだ自分に、涙を流すことができるのなら。

俺は、俺には、まだ、助けられる奴がいる。


「……ネル」


ミツルは、さっきまでとは打って変わった表情で、

強い覚悟を決めた表情で、

ボロボロと崩壊していく自分の世界から目を離さず、

自分が欠落した、

魔界を。見つめた。

 頬に流れる涙を振り払いながら、


「どんな世界でも。

 忘れちゃいけないものがあった」

ミツルは自分に言い聞かせるようにその言葉を音にした。


その言葉と共に、

ミツルの精神世界は崩れ去った――――

♦♢♢♦♢


「グルあああああぁぁぁぁぁぁっぁあああああアアッ!!!!!」


魔界の虎の町の広場の上空にいる青髪の魔物。

避難していた魔物たちは、この世の終わりを見ているように思った。

魔物たちは、いつかの『青の巨人』の話を思い出す。


「……あれ? ここは、俺って……?」

確か、彼は天使の翼に貫かれたはずである。

しかし、胸にあったはずの穴は、きれいに塞がっていた。


それは彼だけでなく、その周りの魔物もすべて、

死んではいなかった。



「……あれは、何だ?」

起き上がった一人が、空の一点を指さす。


そこには、女の子がいた。

青い髪をなびかせながら、空で、

泣いている。

……ここからでは、何を言っているのかわからない。


「さっきまでの、崩壊は?」


「……分からねえんだ。なんでか知らねえけど、起きたときにはもう、

ここら一体が、元通りになってて……」


「そうか……、そもそもいつから、俺たちはここにいたんだろうな?」


「いつから? ……どうだったかな、」


どこからか、何か、「感じたことのない」感情に支配されていた気がするのだが、

上手く思い出せない。


♢♦♢♦♢


殺意とは悪意だ。

その意味では、ネルが強いのは、何かしら悪意の力を借りていたせいかもしれない。

けれど、それは昔の話だ。

今彼女は、悪意に飲まれている。

この世界を本当に、破壊しようとしている。

黒い稲妻のような魔力が、彼女をぐるぐると巻き付く。

まるで、

「……!!」

本当の意味で、だれも止めることのできない力を、

彼女は持っているのだ。


「離せ……何だお前らは!!」

そう、

彼女の周りに取りついている黒い魔力は、

彼女のものではない、


のものだった。


「!!!!」


これは、あの『パンドラの匣』の……!

ネルは渾身の力で、それを引きはがす。


「がああア!!」

八つ当たりをぶつけるように、

青い雷に包まれた両腕で、パンドラを殴る。


だが、

「けひゃ」


その攻撃はパンドラの体には利かず、


「!」

ニタあっと笑った、パンドラは、

巨大な黒い腕で、


「グ!?」

ネルを大地に叩き落とした。


「こ、の……!?」

周りを見ると、地面から、

悪意の腕が無数に、自分に向かって生えてくる。


「ㇷ!!」


足に魔力を集中させ、薙ぎ払う。


同時に、空からも様々な刃物の形をした悪意が落ちてきていることに気づく。


足に力を籠め、それらに向かっていく。

空中で、雷撃を浴びせて、一つ一つ全てを壊す。


「パンドラあああああああああ!!」


今度も同じ攻撃をしようとした。だが、

一瞬にして、無数の悪意の腕が自分を掴んで止めた。


「は、、、な、、、、せ!」

魔力を放出して必死で飛び出そうとするが、抜け出せない。

「なんで、アタシの力が通じない!!?」


いくら魔力を放出しても、反応どころかダメージさえ与えられていないみたいな…‥?


パンドラは、ネルに近づいた。

「よこせ」

顔を眼前まで近づけてくる。


「その体をよこせ」


「いや、、、、だ」


「よこせ」

パンドラは、何本もの腕を自らの体から伸ばして

ネルを一斉に殴りつける。


「ぁア!」

痛い。

「お前の体を、よこせ」


鋭く伸びた、刃物の形状を持った悪意が、

躊躇なく、ネルの腹に刺さった。


がは、と口から血が出た。

痛い。


「お前では、お前の体を使いこなせない」


にヒヒっと笑って、パンドラは彼女の体を傷つけ続ける。


傷の直りが遅い? なんで。


「かわいそうなものだ……自分が一体何なのかさえ、お前は知らないのだから」


「あたしが、、なんだってんだ!!」


ニタっと笑い、


「おまえを、不死にしたのは、悪意の力。……つまり私の力だ」


「あ?」



ネルは、その瞳を獣のように尖らせながら、

自らの首を締め付ける真っ黒い怪物を睨む。


「お前は生きてもいない。だから、死なない。」

「……」

何を、言ってる?

「お前の母親……何と言ったか? あの娘は……」

確か……と、パンドラは顎に手を当てて考える。


「ルナ、と言ったかな?」

ヒュっと巨大な腕をまた一本生やして、

ネルの顔面に振り下ろす。


「アイツが、お前を縛り付けたんだ。」

「なん、、、で?」


「クク!! 馬鹿な女だった。……こんなことを言っていたよ。『私の娘には自分自身を愛してほしいんだ』、となあ。まあ、もっとも夢物語でしかないがね。

だから、お前は、悪意によってしか、影響すら受けないんだよ。

お前が、初めて絶望を感じた時、お前は一度、この世界を壊そうとしたのだから。」


「……そんな」

「本当だよ? お前だって気が付いていただろう? 青髪、黄色い眼、そして角が二本ある魔物は、住む場所を追われている、それが理由だ。」


「アタシ、は」


「お前のせいで、何人も死んだよ」

涙がネルのほほを流れる。

「やめて、くれ」

「けひゃひゃひゃ、そうだな。辞めてやろう。

お前の命を、保つことすらな!!!」


そう言って、パンドラは、自らの黒々とした魔力を、

一点に集中させた。

ブクブクと音を立てながら、

おぞましい異能の腕が出来上がる。


「一撃で仕留めてやる。]

そのまま、ネフィリムの力を、わが手に……!!


悪意の手が、ネルの頭を破壊するかのように迫ってきていた。


「死ねええええええッ!!!」


”ザク”


振り上げたはずの拳が、宙を舞う。

パンドラの意思とは裏腹に。


「……あ?」

パンドラはその光景を眺めながら、

ネルにあてるはずだった腕が真ん中から割れるのを見る。


妙な気配が辺りを包む。


後ろに誰かいる?

「……誰だ」


パンドラは、後ろに振り返り、、


眼前に迫っていた、と目が合った。

その一瞬の間、パンドラは、


その男の、強烈な殺意を、垣間見た。

この間、ほんの数瞬。

"ドン” と、そのかすかだが巨大な音に身を任せた瞬間。

パンドラは、頭から潰されるような打撃を喰らい、


地面に叩き落とされた。

「!!!?」


当然のようにネルを掴んでいた悪意が虚空に散る。


「何、が」

何が起こったか分からないような顔をして、


「私に、攻撃を当てられる魔物?」

パンドラは、かすかによろめきながら、考える。


「何者だ……」

下に落ちていくネルを抱きかかえた男をみた。

無造作に伸ばした黒髪を風になびかせながら、

その少年はこちらを見ている。


「……ア。……この匂い、あの人間の子供か」


砂埃が舞う中、ネルは、折れているだろう、首の骨を必死に動かして、

自分を助けたものの方を向こうとする。


「ミ、ツル……?」

ネルが話しかけてもその男は答えない。


傷ついたネルを優しく地面に横たえさせ、優しい顔を見せた。

「……ごめんな」


ミツルは、パンドラの方に歩みだす。


「……! ダメ、だ! そい、、つは、そいつ、、には!」

服の裾を掴もうとするネルの手を静止して、


「もう、良いんだ。……よく、見てろ」

 

ミツルは、”ビュ”、とパンドラの方に飛んでいく。


「どうして、私の邪魔をする」

パンドラは至近距離から、具現化した悪意の刃をミツルに飛ばす。

だが、


ミツルは、自分に向かってくる悪意をすべて壊した。

それを見たパンドラは、怪訝な色を浮かべる。


「どうしてお前のようなものが、私の悪意に……!」

ミツルは一歩で、パンドラの眼前にまで迫る。


右腕をしならせ、体の回転とともに、パンドラに殴りかかる。


パン、という音がした。


少し遅れて、辺りに暴風が吹き荒れた。

「ぁ?」


パンドラの右肩が吹き飛ばされている。

「なん、、で、、私の、腕」

首を、コキ、と曲げて、

ミツルに若干の関心を感じたパンドラは、

彼に質問を投げかける。


「ありえない、どうして、お前に、こんなことが」


「分かりきったことだろ。」


強く強くパンドラを睨め付けながら、

人間の物部三鶴は、言った。

「ただの化け物が、人間に勝てるわけねえだろ」

一泊置いて、ミツルはその瞳をパンドラに向けて、


「俺は、物部三鶴の、なんだからな」

そう言った。

 悪意だから。

 善意も、優しさも、理解できる。


 悪意だから。


 俺は、俺でいられる。


パンドラはキョロと瞳を動かし、

「……悪意?」

そう言って、黒い悪意を辺りに放つ。

さっきネルに向けたものよりさらに巨大な悪意の手を、

いくつも彼に向けて伸ばす。


「人間人間人間人間んんん!!! だから、何だというのだ!!」


時間にして、数秒で、

ミツルは悪意の束縛された。


ように見えた。


”ジュクジュク”


彼を包んだ悪意の手が赤く染まる。


「ぁ?」

違和感に気づいたパンドラは、自分が生み出した悪意を見る。


悪意の手が、

音を立てて燃え始めた。


「な……!」

炎が渦を巻くように空まで立ち昇る。


「その力、なんだ?」

パンドラは、首を傾げて、疑問を発した。


ミツルの体が、煌々と燃えている。

辺りを覆っていた闇が、彼の炎で照らされた。


照らされると同時に、悪意の力そのものが消滅した。

それを見たパンドラは、愕然として、


「なぜだ、どうして、お前がそんな力を持っている」


ミツルはパンドラに、一歩近づく。

また一つ、また一つ。と、

パンドラの力が失われ、彼の炎に燃やされていく。


「やめろ」


「……」三鶴は何も言わず、強い視線で、パンドラに近づく。


「~~~~~!! 『悪意ィ』!!」

決死の思いで、パンドラは彼に魔物たちに浴びせたのと同じ、

精神操作を行おうと思った。


だが、それすらも三鶴に当たってすぐに弾けた。


燃えかかったパンドラは後ずさりし、吠える。


「悪意を燃やす、だと!!?? お前ェ!! まさか!!」

ミツルは、静かに笑った。

赤い炎が、だんだんと様々な色を映し出していく。


「その力は!! というのか!!??7 」


一歩近づく。


「何故だ!! お前は、確かに欠落した、人間の出来そこないのはずだろう!!?? どうしてお前がァ!!」

それは、存在としての光。

それは、強さとしての光。


それは、生きていることの誇り。

ミツルは、後ろのネルに笑いかけた。


「……ミツル?」


ボロボロになったネルは、彼の異様な姿に、

動揺して話しかける。


「……なあ、ネル」

「なん、だ?」

「世界は、、間違ってないのかもしれない。」

「え?」

「世界は、生きるに値するのかもしれない」

ミツルは燃え盛る炎を、自分の体に増幅させる。


「生きる意味は、すぐそばあった……」


ミツルはネルに言い聞かせるように、自分に言い聞かせるように、

「お前も、俺も、諦めてそれで終わりにして済ませられるわけねえだろうが!!」


悪意を振りまいて、空へ逃げようとするパンドラを眺める。


ブワ、と彼の炎が、冷酷な悪意を炎上させる。


「―――!!!!!」

炎の中で、悪意の化身は苦しみもがく。


「俺たちは、何も!! 失ってなんかいない!!!」

ミツルはその炎に包まれた右手をパンドラに向けて、


悪意を焼却する炎がパンドラを燃やす。


「三鶴ゥゥ!!!!!!!!」


お前に、

足を取られることなど、あってはならない。

もう二度と。


辺り一帯を、ミツルの炎が包んだ。


「ガガガがあがああア!!!! カッ!」


パンドラの掌が三鶴を掴もうと躍起になる。

だが、掴む前に腕のほうが消えてしまう。

パンドラの口が動く。


『わたし、、、は、にんげんが、、いなくならない限り、、この世界にい続ける、、、、ハハ! 無駄なことだ!』


そうだろうな。


「お前のことは、心配だよ。……けど、」

振りかざした右手ぎゅ、と握りしめる。


「失ったものは、取り戻せばいい」

俺が、生きたことさえ、

残り続けるんだ。

例えば、どこかで出会った顔さえおぼろげな誰か。

俺が、一緒にいたことのある誰かの中に。


だから、無駄じゃない。無駄なんかじゃない。


命の炎は、きっとどこかで、燃え続ける。

そして、

そいつらがきっと、誰かの心の欠損を埋める。


球状の炎に包まれたパンドラは、

一点に収束し、

最後に恨めし気な顔をして、どこか諦めたように、

辺りに吹き荒れる熱風とともに、


存在ごと霧散していった。


♦♢♦♢


「ミツル!!」

ネルは足を引きづって、彼の前まで行く。

彼女に振り向こうとしたのだろう、だが、


バタ。


「え?」


ミツルの体が生気が抜けたように、倒れた。


「ミツル!!」


ネルは彼に近寄る。

見ると、彼の体から、まとっていた炎の魔力が急速に抜けていっていた。


「お前! これ!」

ああ、と三鶴は瞳をネルに合わせて、


「もう、燃やし尽くした。もう大丈夫だ」


「ミツルは? 大丈夫なんだよな?」

瞳にかすかに涙を浮かべながら、ネルは問いかける。

だが。


「いや、もう無理らしい。」


「……え」


「力を使い果たしちまったみたいだ。……無理しすぎた。」

ミツルは、ネルの泣きそうな顔を眺める。


「なあ、ネル。俺やっと、わかったことがあるんだ。」


二人を小雨が包む。

「俺、って。」


お前に会えてよかったって。


「お前みたいに、、笑えなかったけど、」

お前に憧れてたんだ。

「それでも、よかったんだ」


雨に混じって、ネルの涙が三鶴の顔に落とされた。


「俺が、俺だったから」

俺が、自分のことを最後に肯定できたのは、

「お前と、楽しい、時間が過ごせたんだと思うんだ。」

お前のおかげだよ、ネル。

だから、

本当に、

本当に!


ネルはミツルが雨に濡れないように、強く抱きしめる。

「ミツル!!」

子供みたいな笑顔を浮かべて、ミツルはいつか言ったはずの言葉を、

ネルに言った。


「俺みたいなのと一緒にいてくれて、……ありがとう」


そう言って、


物部三鶴は、


崩壊を始めた。






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