第4話物部三鶴という人間は。

 ずっと自分は特別だと思っていた。

 俺の心は清く澄んでいて、俺の人格は誰から見ても素晴らしくて、

 俺のとる行動一つ一つにちゃんとした意味はあって、俺はすごい人間で、

 俺が正しくて、他人が間違っていて、俺はいつかとてつもなく偉くなる存在で。  だが、そんな夢や希望は他ならない「他人」によって踏みつぶされてきた。


「あの日」の自分を取り巻く嘲笑を三鶴は一生忘れない。

 誰かが言った。「あいつは愚鈍だ」

 誰かが言った。「あいつは可哀そうだ」

 誰かが言った。「あいつは馬鹿だ」

 たったそれだけの言葉、何か言い返せるはずだというのに、

 肝心の口が、震えて動かなかった。

 悔しいのに、見返したいのに、日に陰る気持ちを照らしてくれるものは

「その場所」にはいなかった。


 高校まで進学した三鶴はとある決心をしていた。


「これからは、普通に生きよう」


 それまで抱いていた馬鹿な思想なんて捨てて、昔の自分なんか殺してしまって。

 新しく生まれ変わって見せようと。

 だが、それは叶わなかった。

 また、誰かが言ったのだ。

 カワイソウ カワイソウ カワイソウ カワイソウ カワイソウ

 物部三鶴の自我は、三鶴自身の心を守ることに努めた。

 大丈夫、今だけだ。そのうち……。

 ずっと我慢する日々、心の暴力を受け続ける日々。

 それらが例え、いかにくだらないものであろうと積み重なった分だけ心は削れていった。

 愚鈍だ、滑稽だと自分自身を笑うことで向き合うことから逃げていた。

「俺は弱いのだから」しょうがないんだ、と。


「ある日」、物部三鶴は

 その日、三鶴は目の前の光景を見て思った。

 ああ、結局こうなるんだな。

 結局、俺は自分だけが大切で、

「心」を守らないと、生きることさえままならないんだ。

 そう考える物部三鶴の両手には、、

「他人」の血で汚れた金属バットが握られていた。


 魔界にて。

「あんた、なんか資格とか持ってんの?」

 意地の悪そうな獣人が尋ねる。

「いや、何も持ってないんですが。」

「……はあ、で?それでなんの仕事がしたいとか希望はある?」

「肉体労働ならやります。」

「にくたいろうどう……ああ、もう枠埋まっちゃってるわ。

 あんた身元証明できねえから、日雇いくれえしかねえな」

「日雇い……」

 急に厳しいな。その仕事の概要を見てみると、

 一回、5ノアで……お薬の、実験台?

「いや、もっとなんかまともなのないのかよ? 」

「……ねえなあ」

 マジか……、三鶴は肩を落とした。

「でも」

 獣人の声にハッとする。


「でも……『格闘ゲーム』に参加するってんなら、話は別だが。

生き残れば、衣食住は安心できるし。優勝なんてできりゃあ、当分は困らねえだろうさ。まあ、辞めといたほうがいいぞー?いつ死ぬかわかんねえし、」

「やる」

 三鶴は即答した。

「……え?」

「命なんか、いつ無くなったっていい。」


 気持ち悪いほど、純粋に、そういった。










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