第14話憎まれる欲

  パンドラの匣の中に神様は、あらゆる災厄をいれたらしい。

悲観、不安、嫉妬、争い、苦悩、悲嘆、欠乏、後悔、疫病。過去にそれらは人間界に解き放たれた。そして、最後に箱の中に残ったものがあった。

「それ」が、果たして本当に希望などというものだったのかは、わからない。

ただ、一つだけ言えるとすれば。

今、とある女性が持っている「箱」には、は無いということ。

それだけである。


 あのネルという少女は、「助けられた」らしい。

正直、想定外だった。ネフィリムの力を凌駕するものが現れるなんて。

通常の獣人ではないにしても、あれだけの悪意を浴びて正気に戻ることができたのは、おそらく彼女が初めてだろう。

ネフィリムにはもう少し、街を破壊してほしかったのだけれど。

それにしても。

「あの、魔物、見覚えがあるのだけれど。」

ネルと互角に戦っていたあの男、どう考えてもイレギュラーだ。

あそこまで実力のある存在ならば、名前くらいは聞き及んでいいものだというのに。

急に出てきて、そのままネフィリムを倒せるような魔物か・・・・・・。

その女性は、自分の着るローブから魔境石を取り出す。

あの戦いを映像として、魔法で取り込んでいるのだ。

青い巨人と殴り合っている男の顔をじっと見つめる。

やっぱり、どこかで見たことがある。



「おい、!!、そこで何してんだ!! もう行くぞ!」

はーい、と返事を返した先には黒いローブを着た男がいた。

「ピレネー、急かさないで」

「何を楽観的なことを!! 今は寸暇を惜しんで計画を進めるときだろう!?」

「ああ、もう、わかったよ。声大きいなあ。」

ツムギはそう言って、座っていた岩場から腰を下ろす。

「それじゃあ、行きますか? 『竜を殺しに』。」


そう言ったツムギという女性の背中には、

真っ白な翼があったのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ライネルの宿は居心地がよかった。

ネルと三鶴は、ライネルや、その恩人であるらしい老人と一緒に夕食をとっていた。

「・・・・・・」

ネルは、出されたご飯に見入っている。

それを見たライネルはニコニコと笑いながら、

「どうぞ?」

「・・・・・・うん。」

青い髪の少女は、もそもそとプン(パンと同じ)をかじる。

かじっている。

少女を横目に三鶴はライネルに礼を言った。

「悪いな、食事まで面倒見てもらって」

「いえいえ、お気になさらないでください。これでもあなたたち二人養うくらいは

余裕でできます。」

ふふん、と胸を張ってライネルは言った。

「ああ、ライネルの言う通りじゃわい。さ、さミツル殿も食べてくだされ。」

そう羊の老人、トールは言う。

ああ、と三鶴含めて全員が食べ始めた。

もぐもぐもぐもぐ。

「美味しいですか?」

「ああ、美味い。」

「口に合いますか?」

「ああ、すごく合う」

「舌触りはどうです?」

「・・いいよ」

「ささ、この肉も乙ですぞ?」

「、、うん、乙だな」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「ほっぺは落ちますか?」

「ああ、もう床に転がって、、って落ちてねえよ!」

あはは、とライネルは笑う。

まだまだ見かけも子供だというのに、この赤い髪の子供はませすぎている。

それにしても、と三鶴は考える。

格闘ゲームをやった時と言い、ネルと戦った時と言い……、妙だった。

何かを決断するかしないかという場面では三鶴は本来、ずっと後回しにする人間だったはずだ。それがどうして、あんなことになってしまうのか。

自分を殺そうとする者がいれば、「自分のほうが強い」ことを示すがために

殺戮に走った。ネルを見つけたときだって人間だった時の三鶴であれば

絶対に関与すらしなかっただろう。

まるで、自分の中にある『欲』が顔を出しているみたいだ。

ずっと自分の中に閉じ込め続け、我慢してきた汚い欲たちが

『まるで意思をもって、自分を操っている』みたいに。

この世界に来てからもう数か月は経つにも拘らず、自分の体に何が起こったのかすら何も分からないでいる。

「なあ、ミツル」とネルが食べ終わったのか聞いてきた。

「あたしたち、これからどうすんだ?」

「……旅」

「たび?」

「ああ、もっと知りたいことがあるんだ」

この世界のこと、何より、自分は元の世界に戻れるのだろうか。

『欠落者』という言葉があるくらいだ。前例があるのだろう。

もしかしたら、神様なんて存在もいるかもしれない。

「旅、かあ」

ネルはぽあーっとした表情になって

「たのしそうだな!!」

たのしい、か。

「そうだな」

そんな考え方もありか。


そうして少しずつ、探っていけばいいのかな。


俺たちは、この時はまだ知らなかった。

俺とネルとの旅が、あんなにも過酷なものになるなんてことには。



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