第15話弱者の忘却
三鶴とネルが旅を始めて、一年が経った。
旅は、苦しかったがとても楽しいものだった。
広大な砂漠、氷の雨、炎の草原。どれもネルがいなければ「耐える」ことができなかっただろう。いくら「強い」三鶴と言えども「心」までは頑丈ではないのだ。
彼女がいて、とても助かった。
すごく。
……。ああ、もう、教えたほうがいいかもしれないな。
……三鶴が、『弱く』なってしまったことを。
♦
カー、カーと空の魔鳥が鳴いている。
まばゆいアダムという、この世界での太陽がじりじりと三鶴の肌を焦がしていた。
「……」
炎天下の中に磔にされた三鶴は、誰から見てもおよそ「生気」というものが消えていた。死んでいるのか、生きながらえているのか、どちらも分からない。
ただ、彼の目は。
人間だったころの物部三鶴からは思いもつかないほど、「死んでいた」。
それだけが、分かった。
磔にされた彼の体は目をそむけたくなるくらいぼろぼろになっていた。
なぜ? 彼はこの世界に来て、誰よりも強かったはずだというのに。
何人も、何十人も、彼には勝てなかったのに。
「青の巨人」さえも彼には打ちのめされたというのに。なんで。
彼は、こんなにも弱弱しくなってしまったのだろうか?
それは、もう彼自身にも理解できないことで。
なんで、目の前の女性から負けたのか、わからな…
「あなたが人間だからよ。」
と、自分を叩き伏せた黒髪の人間の女が言う。
「ふふ、やっぱり、そうなのね?
女は軽々しく笑う。
「なん、なんだ? なんで、俺を知っている」
「なんで? はは、そんなの私が聞きたいわ。なんで私があなたを知ってるの?」
ニヒルな風に口の端をまげて笑う彼女は、特段彼のことを見下していないように見える。
ただ、会話がしたいだけ。そんな風に。
「こんなことが起こるなんて、思わなかったわよ。まさか『この世界』で
すべてを失った人間に出会うなんてねえ?」
失う? 何を?
「その様子からして、なんにも『分からないんでしょう』?」
「なにを、いってる」
「あなたの話よ。」
ぴしゃりと質問に答えを出される。
「およそ、数万年ぶりの『欠落者』があなたなんだよ。」
「けつらく、しゃ……?」
「悪魔に好かれたのでしょう。心の欠如、いえ欠損かしら?」
女は笑う。
「およそ人間として必要な『心』という要素を落っことし、人間のカタチを失ってしまった存在。それが『欠落者』、つまり君だよ。」
「うし、なう? いや、俺はこの姿になって、強くなったはずだぜ」
すると。女はきょとんとした様子で。
「強い? あなたが? あはは! おかしなことをいうのね! その逆。」
あなたは、弱くなった。
人として。
「……」
「もともと、そんなものだろうと思ってたわ。だから、あなたは私に負けたのよ
人間くずれが、人間にかなうわけないでしょう。だって、
そもそもの話、天使や悪魔、魔物っていうのは……」
ツムギという名のその女は、言った。
にんげんがうみだしたものなんだから。
「!」
「だから、この世界に本来人間は来れない。ねえ? そんなものよ。
人間が、化け物に負けるわけがないじゃない。あなたは別に強くはないわ。
存在というものを生み出す力の根源は人間の心に存在するからね。」
ケラケラと三鶴をあざ笑う。
「まあ、青の巨人と戦ったときにはそこそこの思いはあったみたいだけれど。
貴方みたいに、欲とか、人間そのものを否定しようとする人に、
そんな絶対的な強さなんてものは残らないわよ。」
そう言われた三鶴は、何か、心の支えのような。
自分を、
形作っていたものの一つが、
壊れていくことを感じ取った。
「わかったでしょう。じゃあ。」
ツムギは三鶴の頭をがしりと掴み、
「頭の中の悪魔は出させてもらうわ。」
ケヒッ。と笑って、女は自らの目を赤く染める。
「心なんて、くだらないもの」
♢♦♢
それからのことはあまり覚えていない。
ただ、
壁を殴っても、地面を殴っても、自分を殴っても
あったはずの力は戻らなかった。
俺は。
ずっと弱かったんだ。
そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます