第21話こんな世界、壊してしまえ。

 地獄、というにはまだ生易しい光景が、今あるものの目には映っていた。

 うだうだと動く「悪意」たちをもてあそぶように見ながら、「あるもの」は笑う。と。

 誰かの怨念も、苦痛も、もとを正せばただの結果でしかないからだ。


 「案外、私もやけが回ったものです。」


 地獄の世界で、人間によく似た悪魔はニヤけながらそう呟く。


「高々人間なんぞにうつつを抜かし、あまつさえ力を貸してしまった。

 ふふふ、こんなことではまた天界の犬どもにいびられてしまうなあ。

 さて、こうして自由の身にもなったことだ。何をしましょうか。」

 

 なあ、三鶴とやら。あなたは何を成したいですか?

  

 あなたの苦しみが私を生かしてくれる。


 あなたの復讐心が私を救いました。


 あなたのが、私を私たらしめた。


 ああ弱者たち、貴方たちは、何を選ぶのでしょうね? アハハ。

 なあ、欠落者よ。わが同胞よ。依り代よ。弱きものよ。


 君は一体、


♦♢♢♦♢

 

 虎の町、場末の酒場通りを歩く少年が一人。

赤髪の、子供とは思えないほどに理知的なその少年は周りを見回していた。

「虎の町」は、今、とする人々でごった返していた。

今から数か月前まで自分の家にずっと住んでいた「彼ら」はもうここにはいない。

着ていたローブで顔を隠して、少年も逃げている。

思わず、また「彼ら」から助けてもらうといいんじゃないかなんて考えが彼の頭を

よぎった。

「いや、それじゃ、駄目、か」

少年は頭をぶんぶんと振って、考えを否定する。

「そんな、関係じゃないものな。三鶴さん。」


今、あなたはどこにいるんでしょうか?

この世界は、今「変わろうとしている」らしいですよ。

昨日仕入れた情報です。ふふん、すごいでしょう?

ことの発端は、「虎の町」とは別の守り神がいる、「竜の町」の話。

そう、と聞いたのは確か、まだあなたたちと別れてから

そんなに時間は経っていない頃のことでした。

何分、僕は虎の町育ちで、竜の町にはいなかったんですがね……。

まあ、いいか。あなたたちならきっと大丈夫。

「生きててくださいよ」

そう言うと、ライネルは、人混みの中に飛び込んだ。



ある日、空を覆う巨大な影が見えたのはいつも通りの昼下がりのことだった。

初めにその「異変」を感じ取ったのは、竜の町に住むただの魔物たち。


「おい、なんだあれ?」


その声がどこかからか聞こえてきた。

その声につられていくように、ドミノ倒しのように魔物たちは、

を見た。

真上に、佇んでいた、真っ黒い竜。

この世界に、ずっと長い間閉じ込められていた、守り神。

この世界全体を包み隠してしまいそうなほどに巨大な竜。

曇り空の中から、そんな存在が少しずつ、姿を現していた。


「あれは、厭竜えんりゅう?」


それは、かつて、の悪意によって形作られたと言われている。

それは、かつて、魔界を滅ぼしかけた。


「おい、待て! あれって」

厭竜の頭上を飛ぶ存在がいることに誰も気が付かない。

その代わりあるものは、もっとわかりやすい物に気が付いたようだった。

彼らは、厭竜の、真っ暗な瞳を見てしまった。


ドクン。

魔物たちはいっせいに、心を奪われた。

そして、自覚する。無意識的に。


もう守り神は、死んでいることに。


ずっと彼らが厭竜の亡骸を見ていると、雲が晴れだして、

この世界の太陽が、「それ」を照らした。

すると、

ドロドロドロドロドロドロドロドロ……。

そう、そんな表現が一番ふさわしいだろう。

竜の目が、咢が、皮膚が、角が、指が肉が、どろどろと真っ黒な液体となって溶け出した。

それはやがて一つの球の形をとると、

上にはじけた。


魔物たちは、ずっと当惑してみていると、空から真っ黒な雨が降り始める。

この時は、誰も知らなかった。


魔界が、まったく別な世界になる前兆が「それ」だったことに。


悪意は伝染することに。









 

 

 

 

 






 

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