第11話怪物と化け物 一章終幕

  物部三鶴はちょっとした用心棒のような仕事も請け負ったことがある。

 この数か月の間に、テロリスト数十人に魔獣数百体を捉えた。

 実を言えば『青い巨人』にも莫大な懸賞金が書けられてはいたのだが、

 誰がどうあがいたところで、無駄死にするだけだというので取り下げられたらしい。魔物の町の中には名前を出すことさえ禁忌とされていたほどで、

 そのせいで三鶴はその化け物のことを知ることができなかったのだ。

 今、目の前に佇む青い化け物を見て、三鶴は、戦うべきかどうか迷う。

 恐怖はない。何故かこの世界に落ちてきてからマイナス面での性質が極端に薄くなっていた。

 ローブを頭だけ脱いだ男と青い化け物は互いを見た。

 すると、青い化け物は何かを躊躇ったように、

 三鶴に襲い掛からず、山を下って行った。

「……! 待て!!」

 三鶴は「それ」を追った。


 ♦

 『青い巨人』と呼ばれる化け物の思考はある感情で埋め尽くされていた。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

 それは、恐怖だった。

 化け物は、言うなれば「妄想」に囚われている。

 例え天地がひっくり返ろうと変わらない真理にも似た何か。

 自分は『どこに行っても疎まれる』。

 だから、自分が避けられるこの世界など壊してしまおう、などと思っている。

 自分本位だ。わかっている。それでも、もうこうするしかない。

 自分は、一人にしかなれないのだ。

 自分が生まれたことが疎ましい。自分が皆と違うことが疎ましい。

  死にたい、と化け物は思った。

 どうせ、もう取り返しはつかないのだ。何人も犠牲にした。

 けど、少し安心していた。

 あのどう考えても生きられなさそうな浮浪人が

 それだけが嬉しかった。


 ♢

 三鶴は化け物を追っていた。

 ちょうど「あれ」が向かった先に、この地図が正しければ王国の騎士団があったはずだ。このままじゃ大量に魔物が殺されてしまうだろう。

変に首を突っ込むことではないのかもしれない。

 でも、と三鶴の中で妙な予感がざわめく。

『止めないと』。と、かつて獣人を何十人も殺害した三鶴自身が思った。

 理由はわからない。だが、止めないといけない気がした。

 何のために? これまでの生涯でとった行動が殆ど「感情」に任せてきたものであるせいなのか、自分の抱いている気持ちの「理屈ではない」気持ちもよく分からない。


「あれが、ネルなのか? 」



 ■王国騎士団にて。

 外を偵察していた騎士の一人が大声を上げた。


「全体に報告!! すごい速さで、何かがこちらに向かってきます! 」


 それとともに兵士はすぐさま戦闘態勢に入った。

 騎士長である、トカゲに似た獣人バレットは厳めしい顔で前線に立つ。


「お前たち!! 死ぬ気でかかれよ!! 」


 オオッ!!と騎士たちが息巻いた、

 瞬間。

 暴風のような風が吹き荒れた。

「くッ⁉ 」バレットは飛ばされないように踏ん張り、

 それを見た。青い化け物。

 所々から悲鳴が上がる。

 あれは……! 

 騎士長は士気を下げぬように

「かかるぞ!!!!」

 と叫んで、、果敢に挑もうとすると、


「キキャあああああアアああああああッ!!!!!」


 青い化け物は、「咆哮」を上げた。

 猛烈な音の勢いに耳をつぶされ、周りの兵士たちが何人も気を失った。


 消えそうになっていく意識の中で、ふと。

 ローブを着た黒髪の魔物が目の前にいることに気づいた。

「いつ、の、間、に……?」


 ♦♢

 化け物は目の前に立つ男を知っている。だが、それさえ気にならないくらい、

 この世界が憎かった。だから憎しみに任せてその男にブオンッと殴り掛かる。


「グ……ヌ?」


 これまで軽く小突いただけで命を奪ったその巨大な拳は

 男に

 三鶴はじっと化け物の歪んだ瞳から目を離さず、

「虚しいだけだぞ? 」

 と少し破顔して、言った。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 三鶴には、何となく化け物の気持ちがわかる気がした。

ひたすらに目の前のものを壊して、現実から、「自分」から逃げる。

今こいつが抱いている、破壊衝動は昔にも体験したことがある。

押しつぶされそうになった心を戻そうとして、その中にたまった

感情の塊を他人にぶつけた。

だが、それは「ワガママ」に過ぎなかった。

心だなんだと言ったところで。

悪いのは自分だったのだから。


「自分の問題は、自分で解決しなきゃ、な!」


 受け止めた拳を掌で突き返した。

 化け物はそれに後ずさり、すぐに『全力で』三鶴を殴った。

 今度は当たった。三鶴は騎士団の建物の一つに叩きつけられるが、すぐに

体制を立て直して壁に足をめり込ませる。

 ふっと足をばねのようにして、化け物の元まで飛び、

「ああ!」と化け物の鳩尾を殴った。

 だが化け物もそれだけでは動かず、すぐに反撃しようとして

 三鶴が放ったカウンターが化け物に当たり、

 化け物の反撃が三鶴に当たった。


  互いに一歩ずつ引く。

 それからは互いの打ち合いが始まった。

 化け物が蹴り上げて、上に飛んだ三鶴が化け物の頭を地面に叩きつける。

 殴って殴り返して蹴って蹴り返して、無心に戦う。

 辺りに怪物と化け物の血が飛び散る。互いに全く引かなかった。


  可笑しいことに、両者とも「本気で戦ったこと」が初めてだったらしく

 ニコニコと笑っていた。

 気色悪く、気持ち悪く。互いが互いを傷つけあった。



 二人とも答えの出ない問題を抱えていた。

だが、


「答えなんか、出なくていいよなあ!?」


取っ組み合いながら、三鶴は、勝手に考えたことを化け物に伝える。


「仲間なんて、いなくてもいいよなあ!?」


ぐぐぐぐ、、と化け物が押している。


「でも! いなくても困らねえけど! 欲しくなかったわけじゃなかったんじゃなかったんじゃないのか!?」


今度は三鶴が押し返した。


「たとえ、生きることがつらくても!!」


ぐぎゃあっと化け物が力を込めて、三鶴に頭突きを当てる。


「どんなに、無様を晒そうと!! 、どれだけ失敗してようと!!」


三鶴も全力を込めてそれに耐え、自らの頭で押し返す。


「いつからでもやり直せるんじゃないかって!!、まだ立ち直れるんじゃないかって!!何回も何回も悩んでそれでもお前は!!」

三鶴は左拳に力を込め、その中に力を圧縮させる。

それに負けじと蒼い巨人は青い雷を拳に纏い、ミツルに襲い掛かる。


拳と拳がぶつかった瞬間、音の無い世界が生まれた。

空間が一時的に断絶した瞬間だったが、二人はそれを気にせず同じ攻撃を繰り返した。 

「------!!!!!!!」

数秒遅れで耳が割れる程の爆発音が響く。

だが、爆発の渦中にいる二人は構わず力の押し合いを続けている。

「オマえニ何がワガるッ」

「うるせえ!!!化け物みてえな力持ってるくせにガキみてえなこといってんじゃねえ!!!」

「ガキ!?ふざけるな!!たかが人間ふぜいがッ!!」

「今の俺は化け物だ!!」

雷を纏ったの右腕を両腕でつかんだ。

「!!」両足に力を込める。


「だから!!!化け物を見捨てる気はサラサラねえんだよッ!!!!!」


そういって、ネルを


「ぁ……」

近くの岩場にめり込んだ化け物に、三鶴が近づいていくと

「もう、、」という声が聞こえた。

三鶴にはネルの黄色い瞳が陰っているように見えた。


「こわし、たく、ない」

「……」

三鶴は相変わらずの何を考えているか分からない顔になって近寄る。


ああ、嫌われているんだろうな、と化け物は思った。

恐らく自分は、この男によって倒され、封印でもされるのだろうか?

もう、それでもいいのかな。


三鶴は化け物の眼前まで近寄り、

「なら、俺と来い。」

ミツルはまるで伝えたいことを伝えているかのように、

化け物の陰った瞳を上からのぞき込む。


「お前が、どんなに化け物でもいい。俺は、、」

誰が見ても、魔物から見ても化け物でしかない、『少女』に、


「お前の生きる意味を、探してみたい。」


化け物が一番言ってほしかった言葉を言った。


「だから、一緒に飯を食おうぜ、ネル。」

いつの日か、約束したことを提案した。


「…………ぇ」


化け物は不思議で仕方が無かった。

「……で、も、、たく、さんこわ、し、て」

もう取り返しなんかつかないのに。


「取り返そうとしないでいい。もう苦しまなくていい。」


三鶴はどこか、ずっと優しい眼でネルを見やって、

「俺と、生きよう。 お前は、、」


 「勇ましく生きればいいんだ」


その言葉は化け物の少女の心を温めた。


ああ、こんなことでいいのだろうか。とネルは思う。

私が、こんな言葉なんてものに、

希望を感じるなんて。


「俺の生まれた国ではな、そんな奴のことを『勇者』って呼ぶんだ。」

「ゆう、しゃ……?」

「ああ。」


三鶴は笑顔でも怒りでもなく、熱のこもった瞳でネルを見ていた。

まるで、共に生きる意味を必死に探しているかのように。


「俺と、迷うか? 決めるのはお前だ。」


そう言って、右手を伸ばしてきた。


そうか……。おもいだした。


こいつは、かあさんに似てるんだ。

あったかい。

ネルは胸の奥からジンジンとしたものがせりあがってくるのを感じた。


化け物の体がぱらぱらと崩れていく。

その中から出てきた少女は、

とても、光に満ちた目をしていた。


「う、、ん。……飯でも、なんでも。つきあってやる……!」

魔物の少女は泣きながら、その暖かそうな右手を握ったのだった。


世界で二人しかいない怪物と化け物は、そうして、

恐怖しない明日への一歩を踏み出したのだった。


<一章終わり>


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