第16話泣けもしない。
傷つけたくない相手が勝手に傷ついていく。
それは、俺にとっては至極当たり前の因果関係だった。
正直に生きようとした自分がいた。
正しく生きようとした自分がいた。
後悔をやめたい自分がいた。
すべてのことに優しくなりたい自分がいた。
すごく単純な気持ちのはずだった。
誰かに泣いてほしくない。喧嘩してほしくない。
辛い思いをしている人がいるなら、苦しんでいる人がいるなら、支えてやりたい。
そうやって誰かの助けになりたかった。
物部三鶴は、弱い人間である。
「弱くなった」と言われて、弱く生きてきた。
強くない自分に、これ以上、生きる価値があるのか。なんて、そんなこと
言える資格だってないっていうのに。
「もう、何一つ、残ってないな。」
いや、はじめから、何も無かったのかもしれない。
俺の悪い癖だ。全部、調子がいいのは最初だけで。
『誰かを助けたい』? 違う、助けてみたいの間違いだろう。
「俺はまた……! 分を弁えなかった……!!」
ネル。ネフィリムの少女。ずっと一人きりで生きてきた、強い魔物。
彼女にあの時言った、励ましの言葉は元々、自分が言ってほしかった言葉でしかなかったのだ。
一緒に、生きてくれる人がいなかったから。その苦しさは誰よりも分かった。
だから、一緒に生きようとした。でも、
俺は、こんな世界に来ても、姿形が変わっても、『人間』にはなれなかった。
誰かを助けたい、愛したいと思うことができても
他人からの悪意には耐えることができない。
それどころか、自分から悪意を他人にぶつけてしまうのだ。
自分ばかり満たされて、大切な人のことも考えなかった。
それが、物部三鶴の犯した罪だった。
どんな世界に来ても、忘れちゃいけないものがあったはずなのに。
「俺には、もう物語は紡げないみたいだ。」
薄暗い中、一人だけの世界で男は戯言を呟く。
死にたい勇者は、今どこにいるのかな……。
♢
「ミツルを、、どこにやった! お前、いったい何をしたんだ!!」
今さっきまで三鶴がいた場所で、ネルは女に吠えた。
女は寂しそうな表情で、
「あなたの行けないところよ、化け物には行けない場所。」
「ごまかすな! あいつがあたしを置いてどっかに行くか!!」
腹の横に黒々とした箱を抱えたまま、女はネルをあざ笑う。
「……まだ夢から覚めてないのね。あなたは、本当に愚かだわ。」
「お前の言うことなんか聞くもんか! あたしは愚かなんかじゃない!」
人間みたいなこと言うのね、と静かに呟く。
「ミツルちゃんの影響かな? 全く、余計なことしてくれた。あの子も」
女はネルの言葉に冷静に反応する。
「……覚えてるぞ、お前! アタシに『何かした』匣持ってた女だ」
「あらあら。覚えてくれてたんだ。さすがネフィリムね、頭いいわ」
「茶化すんじゃねえよ! それから、、アタシはもう『ネフィリム』なんてもんじゃねえ!」
「はは、じゃあ、なんだっていうのかしらあ?」
女、ツムギはせらせら笑いながらどす黒い匣を袖から出した。
「計画はもう、最終段階にまで進んだわ。あとは、、貴方が本物になってくれるだけで終わり。」
「させるか!!」
ネルはいち早くツムギの元まで飛んで、箱を奪おうとした。
「ふふ!」
だが、匣の中身のほうが早くネルを掴んだ。
「『
その詠唱と同時にネルは猛烈な勢いで地面に叩きつけられた。
辺り一帯に土ぼこりが舞い、風でそれらが消えかかった時、
「ん?」
目の前に誰もいない。
ツムギは少し困惑した表情になって、寒気を感じた。
「!」
急いで後ろを見た瞬間、もうネルの黄色く燦燦と輝く瞳がまじかに迫っていた。
「『地割り』!」
周りの地面が一気に引き裂けた。
その光景を空に飛んで避けたツムギはへえ、と
「そんなことできたんだあ!? おもしろいわね!」
ツムギはニヤニヤして、
「あなた、力をセーブしてたんだ。わざと、被害者を減らそうとして。」
あの男と関わって、そのたがを外したのか。
真っ青な髪をなびかせながらじっと佇む少女は、見るものをして神々しいと言わせるほどに、人間離れしていた。
「本当に、ミツルちゃんよりよっぽど強いのね……、!?」
少女の姿が一瞬にして消えて、
ヌッと、女の目と鼻の先にまで飛んで、
「違えよ」
と言って女をズドンと蹴って地面に叩きつけた。
衝撃で大きなクレーターができ、女はそこに沈んでいる。が、
相変わらずその気持ちの悪い笑みは消えていない。
ネルは、怒りを込めた瞳を女に向ける。
「ミツルは、最初あった時から、、ただの光だったよ。強いとか、弱いとかそんなもんにアイツをあてはめんな。」
血を流しながら、口だけが動くのが分かる。
「……たった、一年ちょっとの付き合いでそこまで?」
「時間じゃない」
「……人間らしさが、出てきたのは、それも。」
三鶴ちゃんのせいか。
「……それなら、もういいや」
「……あ?」
そう言うと女は急に狂気に満ちた眼を見開いた。
「じゃあ! もう容赦なんてしない!!」
そういうと、彼女の体を影が包んでいった。
「おい、待て!」
遠く離れていく女に呼びかけたが、
「あなたの大事な三鶴ちゃんなら、夢の扉に行けば、会えるよ」
暗闇に取り込まれていく間に、その言葉だけを残して消えていった。
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