序.百巡りの星針が刻を報せる


 頰を撫でる風は熱気をはらんで暑く、乾いている。時おり混じる枯色の砂が、視界をさえぎり駆け抜けてゆく。

 ざさと砂礫されきの大地を踏んで、彼は濃藍の髪を吹く風に舞いあげ、空を振り仰いだ。

 大きな翼を持つ鳥が、青く染まった天頂にくるりくるりと輪を描きながら飛んでいる。彼はそれを見て、くすと笑った。


「ああ、あの日とおんなじだ」


 ついとすがめた藍の目には決然とした輝きが宿っている。


「待ってた、このときを」


 頭上にかざしたてのひらをゆっくり開き、その指の間からはるか遠くの高みを、天空に輝くきんいろの恒星ほしを透かし見る。そのずっと下方、砂色の地平線が途切れた先は、あおい光をたたえた水平線へと続いている。


「ここで、逢ったんだ」


 震えた声は風に溶け、散ってゆく。はるかな過去、その先の未来を想い描きながら、彼は両目を伏せ囁いた。


「もう一度、逢いにきたよ」


 長い睫毛に光が散る。

 せつなさと、懐かしさと、憧憬どうけいの入り混じった声で、呼び掛ける。


「ハル」


 砂混じりの風が駆け抜けてゆく。

 こたえる声は。

 この時はまだ——ない。






 いにしえの時代。風を統べる青き竜は、おのれの願いと夢を込めて、小さな惑星から成る世界を造った。

 彼らの言葉で『歴史Leim』を意味する名を付されたその世界には、人や獣、鳥に魚といったさまざまな生き物が住んでおり、竜族たちはそれらを時には近く、時には遠く見まもり続けていた。


 時は流れ、時代は巡る。

 それにともない、人と竜の関係も変化してゆく。

 人間が竜族を拒絶したとき、竜族もまたこの世界ほしを離れた。

 訣別けつべつはわずかずつ、あるいは突然にはじまり、それは世界の命運を定める結末おわりへと至る。

 世界は豊穣の力を失い、人は世界を慈しむことを忘れ、荒廃がはじまる。

 大地は潤いを失い、砂に覆われた。


 そのようになってもなお絶えざる風と光の加護は、しかし迫りくる終焉をとどめるには足らず。

 人は滅びを予感する。

 乾いた風が運ぶ砂に、乾いた死を感じとる。

 しかし。

 人族かれらは、知るようになっていなかった。


 世界に時が流れはじめた遠い昔の時代、星を通じて締結された契約について。

 大地が砂に覆われはじめた伝説の時代、星に捧げられた約束の魔法について。

 奇跡を叶える『星の日』を刻み続ける、星時計スタークォーツの存在をも。


 人が知るか知らざるかにかかわりなく、星針は時代ときを刻む。

 ひとめぐり、ひとめぐりと、重なり加わる星時計の巡りはいつしか。

 九十九の巡りを、数えていた。




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