序.海賊討伐


 ぬるく湿った潮風に鉄の匂いが混じる。

 響く怒号と、苦しげなうめき声。

 激しい金属音が悲鳴を斬り裂き、騒がしく駆け回る足音が絶えず耳を打つ。


 大振りの剣を片手に、彼はたのしげな表情でその光景を眺めていた。

 べたつく海風が彼の短い黒髪をなぶる。大柄な体躯たいくに日焼けした精悍せいかんな顔はいかにも海に生きる者らしい。

 しかし彼の瞳に宿る残虐ないろと血生臭い空気は、一介の漁師がまとうようなものではない。


 ど、と鈍い音がして、彼の眼前に人が倒れ込んだ。

 傷を負ったまま逃れてきたのだろう、まだ若いその男はよろめきながらも立ち上がろうとし、そして彼と目が合った。


「ひ、あ、うわあぁ」


 怯えた青年の方へ一歩、彼は足を踏み出す。無感動な嘲笑ちょうしょうを口もとに貼りつけ、手にした剣を振りあげた。

 恐怖のあまり腰を抜かした青年は、逃げ出すこともできずに死を覚悟して目を瞑る。——が、ガツンと激しい金属音が響いたにも関わらず、青年の身体には何の衝撃もなかった。

 かわりに聞こえてきたのは、悔しげにうなる海賊の言葉。


「て、めぇ」


 恐る恐る開いた視界に映り込んだ金髪長身の後ろ姿は、ただの船乗りに過ぎない青年でも見覚えがあるものだった。


「ハル様……」


 右手に持つ光の剣で海賊の大剣を受け止めたまま、左の手が光の軌跡を描く。淡い光が青年を包み、傷ついた身体を治癒してゆく。

 それはライデアの国王、ティリアル=ロ=ハルそのひとであった。





 ただひとりの闖入ちんにゅう者により、海賊たちはその日の『仕事』に失敗しただけでなく、その後の活動をも停止させられることになる。






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