砂の伝説

羽鳥(眞城白歌)

第一部 〜遠い昔の風の詩(うた)

序章

序.涙の泉



「これは……『人間』ではないか!」


 悲鳴にも近く上げられた叫び声に、幾つもの目が彼女を射る。

 彼女はただ、かぶりを振り続ける。


「違うわ! わたしは、わたしは」


 身におぼえのない事だと、否定したかった。しかしその言葉は、どうしても喉から上には出てこない。

 結果と銘打めいうたれた、厳然たる事実がそこにる。


「……貴女あなたは、人間と契りを結んだのか?」


 誰かがぽつりと言った、恐ろしい響きを持つ言葉。


脆弱ぜいじゃくな、愚小ぐしょうな生き物である人間と……。我らの竜族としての誇りを、貴女は打ち捨てると言うのか!」


 そんなに酷くけなすことはないと、彼女は思う。

 けれど、それも言葉には出来なかった。なぜなら彼女自身も全く変わらない思いを、今までずっといだき続けていたのだから。


「わたしは、わたしは……」


 苦しげに彼女が声を押し出す。偶然にかその時、その声に応えるかのように彼女の幼い娘が、甘えるしぐさで彼女の尾をつかんだ。

 びくり、と彼女が身を震わせる。恐怖に引きつった顔で、幼い娘に視線を移す。

 無邪気に笑うその子の様子に耐え切れず、彼女は娘の手を振りほどくように尾を振って金切り声を上げた。


「知らない! あなたなんて、わたしの娘じゃない––––!」


 振り払われた勢いでころんと転がった幼子が、怯えたように手を引っ込める。

 自分に背を向け、全身で拒絶する母に、少女の大きな水色の目から涙があふれ出た。助けを求めるように周囲の大人たちを見回しても、手を差し伸べてくれる者は誰もいない。

 村長むらおさでもある長老竜は、その様子を黙ってしばらく見ていた。そして、やがておごそかに口を開き、宣言するように言った。


「この娘は、村にわざわいを招く者だ。この娘がいる限り、村から悲しみが消えることは決してないだろう。さながら『涙の泉ティル・イリーア』のように――」


 ティル・イリーア――竜族の言葉で涙の泉という意味を持つ。

 このゆえに彼女の名はその日から、ティリーアと呼ばれることになる。



 そうしてやがて、流れる時が十八の巡りを数えた。



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