七.永訣
ひとは太陽の光のみで満足できなくなった時、火明かりを手にした。
闇をも照らしだすもうひとつの
それを今、彼らは手にしていた。
エントランスホールにて
その先頭に立つ若者はハルもアスラもよく見知った者だ。
ジェラークは片手に燃える松明、もう片方の手に布に包んだ細い短剣を持って、ハルの前に立っていた。
全身に
「——王」
無理やり声を押しだし、手に持っていた松明をハルの足もとへ投げつけた。
耐火性の
「何が望みだ? 王位を退けというのなら、私は去ろう」
ハルのそばまで来ていたアスラが、ティリーアが、その言葉に目を
わずかの間、凍りついたような沈黙が場に張りつめた。
「オレの、望みは」
そんなものじゃない。続けようとしたが、声は出なかった。
身体中が
亡き母がエティカに贈った護身用の短剣。
持ち主を失い、今はもう存在する意味を持たない。
「…………」
ハルの表情が和らいだように見えた。
彼がこの短剣にどれほどの意味を
顔をあげ見返す瞳に怒りが閃く。
「私に死ねというのか。おまえたちは、私の何が不満だ? 答えてみろ!」
人の力で、普通の武器で、竜族を殺すことなどできない。彼が腰に帯びた剣をひと振りすれば、あるいは召雷の魔法を行使すれば、ここにいる反逆者たちの命を刈り取ることなど
迫りあがる恐怖によって震える声を燃える怒りで抑えつけ、彼は怒鳴り返した。
「バケモノに、国を治められるなんて真っ平だ! オレたちは、オレたちの王は自分で選ぶ!」
ハルはわずかに双眸を細め、問うように言った。
「私が死ねば世界は崩壊へと進むことになるだろう。……それでもいいのか」
呪いをかける気か、と出かかった言葉を遮るようにアスラが割り込み、ジェラークを睨んで怒鳴った。
「おまえは! 自分たちの守護者を殺す気なのか!」
守護者……?
ジェラークの中で誰かが
彼が、自分から妹を、奪ったというのに。
「オレたちは人間だ。人間を治めるのは、人間が
「貴様!」
途端、明らかにアスラの顔色が変わった。不可視の魔力が陽炎のように空気を圧して、殺意がまっすぐ向けられるのを感じる。
殺される、と。冷えた心が思った。
なのになぜだろう、なんの感傷もわかないのは。
きっともうこの心は死んでいるのだ、と自覚した、時。
「やめなさい、アスラ」
静かな声が
張りつめていた魔力が溶けてゆく。ハルの深い色の両眼が自分を見ていた。
予感が胸をうつ。
その本質を理解する時間もないまま。
「わかった。俺の命、おまえたちにくれてやろう」
王の宣言に、アスラが、そしてティリーアが
その様子を視界にとらえていながら、ジェラークはなにが起きているのかを理解できていなかった。
「ハル! こんな奴らのために死ぬことなんてない!」
つかみ掛かる
「もう、これしかないのさ」
彼がなにを言わんとしているのかが、わからない。
きっとアスラにもわからなかっただろう。
ハルは、きっと。
「彼らは
ジェラーク自身にも理解できていない感情の
あの時、凍えるような冬の日、自分と妹を門の中に迎えいれてくれた。あの時と変わらない、優しいひだまりの光で。
ボロボロの子供らを見捨てたりせず、温かさを与えて凍った心を溶かした。
記憶が、
自分は何をしているのだろう。
けれども、——だってここには、——あの時と同じではなくて。
妹が、いない。
「すまない、アスラ。……ティア」
「いや! だめよハル! お願いやめて……!」
弾かれたように、黒髪の女性がハルに駆けよってすがりつく。涙に濡れた
けれどそれは一瞬だけだ。
ハルが手を伸ばし、ジェラークの持つ短剣をつかみ取る。止めようとするアスラをひと睨みでとどめ、ハルは強く命じた。
「手を出すな。——おまえも、竜族なら」
何かを言おうとして声にできず、アスラの
ティリーアが、短剣を持つハルの手にしがみついて叫んだ。
「だめ、お願いやめて! おねがい……」
泣きながら哀願する妻を、彼は強く抱きしめる。
「愛しているよ、ティア。おまえは、俺のあとを追うな」
「ハル!」
抑えた声は震えを帯びて湿っていた。
優しく残酷な別れの言葉に、ティリーアの全身が震える。
しばしの抱擁ののち、ハルはそっとティリーアを突き放した。
まだ間に合う……! と、意識の中で誰かが叫ぶ。
今おのれの言葉を
ティリーアの絶叫が響く。ハルの伏せた両目から涙があふれた。
「ティア、……せめておまえの故郷だけは、滅びのさだめを回避できるように」
予言めいた囁きを残し。
直後。
彼は短剣で、自らの喉を
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