第三章 明日につなぐ風
七.運命を導く者
二人の
はじめの予定では、アスラの家に一泊もしくは数日の滞在ののち長老の家に行くはずだった二人は、しかしなぜか予定を変えたようだった。
不思議に思ったアスラが理由を尋ねても、リュライオは気まずそうに言葉を濁すだけだった。仕方なくハルに聞けば、彼と長老が喧嘩したらしいと言って笑う。
長老竜に確かめてみようと姿を捜すも、避けられているのか遭遇できない。
その中心に姉の事情が絡んでいる、とまでは思い至らないアスラだった。
聡明ではあるが、
滞在の間、ハルがティリーアの夢見の
彼のすることだからと不信を感じることはなかったが、どういう意図があるのかやはりアスラには分からなかった。
そうやって一週間はあっという間に飛び去り、二人との別れが近づいていた。
しかし運命はその前に、もう一つの
気分が晴れない時でも、アスラが向かうのはいつもの丘だ。
晴天に、今日は少し大きめな鳥が輪を描いている。それを見るともなしに眺めながら、二人が去ったあとのことをアスラは思い巡らせていた。
穏やかな風が陽射しを含んで
足音、だ。
身体を起こして見回せば、こちらに歩いてくる大柄な姿が一つ。
「……?」
近づいてくる誰かに見覚えはなかった。
見上げるほどに大きく、しなやかな
つい目を奪われぼうっとしていると、間違いなく男性であるその誰かはアスラのそばまで近づいてきて、ごく自然に隣に腰を下ろしてしまった。
「あ、あの」
驚きに
ちら、と傾けられた瞳と視線がかち合い、思わず少年は息をのんだ。
「よぉ」
彼が笑う。つられるように
夜空を切り出してはめ込んだような不思議な目が、アスラを見ている。
「え、えぇと……」
口角を引き上げ笑う様子は野性味のある、あるいは獣じみたと表現できそうな迫力を持っていたが、幼いアスラはまだ野獣と遭遇した経験がない。
もし知識にあったなら、狼のようだと形容したことだろう。
そのまま数十秒は見つめ合い、それから彼は愉快そうに笑い出した。
「ばぁか。おまえも竜族だろうに、同じ竜族がそんなに物珍しいものかよ」
「う、えと、ごめんなさい」
「よろしくな、小さな時の竜。おれはシエラ、ハルの親友だ。おまえの名は?」
「アスラ、と言います」
漆黒の竜、闇の竜……かな、と思いつつ、問われるまま素直に答える少年を、彼はその不思議な双眸を細めて眺める。
「へぇ、『
意味深なことを言って彼が笑う。
ティリーアと同じくアスラの名にも付された意味があるが、そんな物騒な捉え方をされたことは今まで一度もない。
だが、彼の目に宿る強い決意は、いつかハルとリュライオに見出したと同じものであり、彼が二人と目的を同じくして動いているのだ分かった。
それが年相応の好奇心をうずかせる。
「シエラさんて……何者ですか?」
おそるおそる、しかし思い切りよく本人に尋ねてしまう物怖じのなさも、素直さの現れだ。そんな少年を好ましく感じたのか面白く思ったのか、シエラは楽しげにアスラの頭を撫で回して言った。
「おれのこの名は『
そうして、彼は満足げに立ち上がる。
「じゃあな、また会おうぜアスラ。たぶん近いうちにこの村は変わる。良い方にか悪い方にか、それは村の者たち次第だが」
「変わる、って」
「安心しろ」
不安が湧きたち表情を
「運命はおまえたちの味方だよ」
その言葉は不思議と、少年の心を波立たせた。
ハルたちと出逢う前の夜に星を見上げて感じた予感と、それは同質のものであるように思える。
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