二.継承の証
王が存命でありながら、弱冠二十一歳でティルシュが王権を継承することになったのは、父が突然の病で倒れたからだった。
若い頃から病気がちで身体の弱い父王は寝込むことも多く、日々の政務は共同で行うのが常だった。しかしこの度の症状は重く長引き、半身不随の後遺症まで残ってしまったため、彼は息子に王位を譲り渡すことを決意したのだった。
ティルシュは一人息子なので、薄々予感していたことではある。
それでも、権能の主体が自分になることへの動揺と不安は大きかった。
取り急いで簡略化した戴冠式を行ない、各国に伝報を送った直後。
突然に、
誰が首謀者で誰が協力者なのか、判らなかった。どうやって王城を占拠し、父や母をどうしたのかも分からない。
逃げだすだけで精一杯だったため、王都の様子についても皆目見当がつかない。
無事でいてくれ。
そう祈ることしか、今のティルシュにできることはない。
「君はどうしてあの遺跡に来てたの?」
自分だけでは申し訳ないと遠慮するティルシュを強引に騎乗させて、それを先導しつつ、ジュラは彼を振り返り見ながら話しかける。
「何か目的があったの?」
「この子の走るに任せて来たので、目的があったわけではありません。来たのもはじめてですし」
ふうん、と応じたジュラは、何かを思い巡らせているようだった。
「ジュラさんは、どうしてあの場所に来たのですか?」
遠慮がちにティルシュも聞き返す。あの廃墟を『遺跡』と呼ぶからには、そこにまつわる深い思い入れか何かがあるに違いなかった。
ジュラは足を止め、馬上の彼に目を向けると少し楽しげなふうに笑った。
「君は、定めの導き……運命ってやつを信じる
「運命?」
意味深な物言いについ聞き返せば、ジュラは
「君、宝剣を持ってるよね。さほど高価じゃないけど
ジュラの説明を聞くにつれ、ティルシュの表情に警戒の色が濃くなってゆく。ついには腰の長剣に手を掛けて、声を低め唸るように言った。
「なぜそれを。……王族以外は知るはずのない、王家の証を」
「それこそが継承の証なんだ、ティルシュ。すべての始まりはその短剣だったから、それを継承した君に終わりを見届けて欲しいんだ」
藍の双眸がまっすぐティルシュを見ている。話の内容そのものは半分も分からなかったが、その瞳に込められた期待の強さを感じてティルシュは息を詰める。
胸をふさいでいた警戒心は瞬く間に溶けていた。
「貴方は……」
何者ですかと続けそうになったが、その聞き方は
ジュラは途切れた言葉の続きを待っていたようだが、黙りこむ彼の様子をしばらく見、やがて口を開いた。
「君に会って欲しいひとがいるんだ。君はこの先どうすべきか、考えあぐねているんだろ? あのひとはきっと、君が道を選ぶ助けになると思うよ」
ティルシュは黙って瞳をあげる。その琥珀色に揺れる不安を、ジュラの強い瞳がとらえる。答えを待つような時間が二人の間を流れた。
この先のこと。
何もかもを残したまま国を追われた自分が、これから成したいこと。
「私は、国を取り戻したい」
考えがまとまるより先に、唇が答えていた。おのれの言葉に自分自身でも驚きつつ、だがそれが本心と言い切れないことにも気づいてはいる。
取り戻したいのは『国』だろうか。
本懐が違うとしても、その何かを表す言葉は今のティルシュには見つけられなかった。ただはっきり分かっていることもある。
「ジュラさん、私は貴方の話の意味も、この世界に何が起きているのかも理解できていない。だから、教えて欲しいのです」
ジュラは瞳を瞬かせ、んー、と笑って首を傾げた。
「いいよ。僕の知ってることなら教えてあげるから、何でも聞いて」
「……はい」
はにかむようにティルシュは微笑む。それまで光を失っていた彼の目に熱がともったのが、ジュラには分かった。それを知覚して彼の口もとにも笑みが上る。
それは、予兆が胎動に変わった瞬間だ。
——時が、動きだす。
ふいに泣きだしたいほどの感傷が胸を満たし、思わず視線を空へと向ける。ハル、と呟いた声が耳に届いたのか、ティルシュは不思議そうにジュラを見た。
「ううん、気にしないで」
泣き笑いのような表情で、ジュラは首を振った。
「今はまだ、言葉にできるほどはっきり形が見えているわけじゃないんだ」
それだけを伝えて。
首を傾げるティルシュにジュラは、その時は何も語らなかった。
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