六.星の未来図
広場には多少の人だかりができてはいたが、二人は構わず、村を抜けて外れに接する森へと向かう。
ここはアスラがよく遊びに来る森だったが、ハルはもちろんティリーアもそれについては知らなかった。
境界を越え、木々がまばらに生えた小道を歩いているうち、ティリーアの歩みがだんだん遅れがちになっていることにハルは気がついた。
ここはまだ村びとの手が入っている場所だろう、踏み固められた道と伐採された樹木が見える。
手頃な高さの切り株を見つけ、ハルはティリーアを促した。
勧められるまま素直に腰掛けたものの、少女は何も言わずにうつむいている。
「少し休もうか」
そっと声をかければ彼女はハルを見上げてきた。
「ごめんなさい」
「……どうして謝るんだい」
見おろす距離に遠さを感じ、ハルは片膝をついて彼女と視線を合わせる。
ティリーアは、宝石の瞳のままかすかに表情を……笑顔を作る。
「わたし、もう十分なの。お父さんとお母さんがわたしを見てくれるようになっただけでいいの。村のひとや長老様がわたしをどう思っていても」
少女が生きてきた年月と同じだけ積み重ねてきたあきらめを、淡々と語る様子にどうしようもなくなって、ハルは思わず腕を伸ばしていた。
そのまま抱きしめてしまいたい衝動を抑えながら言葉を探すが、見つからない。
心が痛いと思った。
彼女自身には何の非もない。与えられてきたのは理不尽な差別だ。
それでも、ティリーアの中には、怒りも憎しみも、悲しみさえないのだ。
静かなあきらめと優しさを抱き、彼女が願うのはただひっそりと生きていくこと、それだけだった。
彼女を解放してあげたいと願うのに、こんな時に限って言葉が出てこない。
「どうしてハルさまが、泣くの?」
唐突にティリーアが言った。驚いてハルは思わず、目を見開く。
自分の目に涙など、流れてはいない。
「俺は、泣いているかな?」
変に問い詰める風にならないよう、囁くように尋ねる。
ティリーアは戸惑うように瞳を揺らし、こくりと控えめにうなずいた。
「泣いてる。ハルさま、心が泣いてるわ……わたしのせい?」
まるきり予想外、というわけではなかった。
彼女の返答を聞いて、ハルの中に
「君は、人の心がわかるのか?」
「いいえ、心なんてわからない。難しすぎて……。でも見えるの。説明できないけど、わたしには
一生懸命に言葉を選び、答えようとするティリーアの瞳には、いつの間にか
ハルは
「それは凄いことだ、ティリーア。それは、その
「時の魔法って、アスラとおんなじの?」
ここに至って少女の瞳に喜色が輝き、
ふいに生じた動揺には気づかぬふりを決め込んで、うなずき言葉を続ける。
「そうだよ。もっと早くに気づけば良かった。君は、星からの未来図を受け取ることができる者なのか……」
「星、未来図?」
最後は独白のように消えた言葉を、ティリーアは不思議な響きとして聞いたのだろう。首をかしげてオウム返しする。
それに笑顔を返し、浮き立つ気分でハルは答えた。
「もちろん君には説明する。でも先にアスラ君に、確かめたいことがあるんだ。そのあと改めて、ご両親や村の者にもすべてを説明しよう」
「わたし、本当にいいの。これ以上お父さんとお母さんに迷惑を、かけたくない」
「大丈夫だよ。君も君の家族ももう、辛い思いなどしない」
焦るように、すがるように自分を見るティリーアの肩に手を触れ、ハルは強く言い切った。立ち上がり、右手はそのままに彼の左手が掲げられる。
輝きはゆらめき変容し、目に映る世界を造りかえてゆく。
幻でありながら、その鮮やかさは現実のものと見まごうほどだった。ティリーアは言葉を失い、眼前に描かれてゆく景色に目を奪われる。
「すごい」
きらめく大洋、幻想的な明けの空。緑満ちる平原に、
それは竜族だけのものではないのだと、ここに生ける人にも獣にも、ひとしく差し伸べられているのだ、と。
途方もない歳月を生きてきた光の竜は、まだほんの少女に過ぎない人の娘に、
「無限の
ティリーアの目から涙があふれる。泣き崩れる少女をしっかり受け止めて、ハルが囁くのは強く優しい
「自由になりなさい。……君が幸せになれるよう、俺が君のすべてを
ハルの言葉がどれだけの意味を持つものなのか、この時ティリーアは理解していなかっただろう。思い至るはずもなかっただろう。
ただ、ずっと––––泣き続けていた。
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