後日談 〜銀竜の夢の先に
〈後日談〉いつか未来の約束を 〜ファイアとクォームのクッキーバトル
最初に目を開けたとき、僕を呼んでくれた声を覚えている。
温かい声、優しい言葉。
***
「ファイア」
背後から呼ぶ声がして、思わず僕は手に持ってたモノを落としそうになった。
わわわ、と思わず声に出しちゃいながら、大切なソレを抱きしめる。
「な、なななーに? リュウ」
「さっきから姿が見えないと思ったら、こんな所で……何をしてるんですか?」
こんな所——人間界。ハイテクノロジーが発展してフキュウした僕らの
文明から炎がクチクされることはないだろう、ってクォームは言ってたけど、LEDとかいう光のフキュウで最近は炎の出番も少ないらしいよ?
僕は詳しくは知らないけど。
それはそれとして、ここは日本っていう島国だ。島のカタチが
「へへー、秘密っ。リュウこそ良くわかったね」
「ファイアが一人で行ける場所なんて、そう多くありませんからね。
優しく笑う、
リュウ——リュライオ。
人間ギライだった僕を、人間好きにさせてくれた、優しい風。
この
ひと頃はリュウが体調を崩しちゃうくらい濁っていた空も、今はずいぶんマシになってるしね。
さて、リュウに見つかっちゃったし、そろそろ帰ろうかな。
きっと今ごろみんなが、準備を終わらせて待ってるはずだしさ!
***
僕は、貧しい人の家に産まれた。
父だった人は昔、キゾクとかいう偉い人だったらしい。僕はそんなこと信じちゃいなかったけど。
毎日、文句を言いながらお酒を飲んでは、僕に当たり散らしていた。
僕は炎を操る不思議なチカラを持っていたから、父はそれが気持ち悪かったのだと思う。母は僕を愛してくれたけど、僕を守れるだけの力はなかった。
だからあの日、母は僕の手を引いて、逃げだしたんだろうって思う。
「がんばって、……走って」
「いやだっ! いたい、いたいよっ」
前を走る
今なら分かるよ、母様は必死だったんだ。
泣きじゃくる僕になにも答えずに——答える余裕なんてないままに、どんどん山道を登ってく。
吹きおろす風は冷たくって、僕の頬をなで、僕の身体から温度を奪ってく。
寒いところには行きたくないのに……!
僕がそう思った、その時だった。
母様の身体が震えて、それから前にゆっくり倒れていったんだ。
「かあさまっ……」
そのときは、何が起きたかわからなかった。覚えているのは、母様の背に突き立っていた細い棒のようなもの。
追いかけてきた怖い顔の、知らないニンゲンたち。
そして、吹き抜けた——
***
あらかじめクォームたちとは打ち合わせをして、根回しはバッチリさ。
今日の主役はリュウだから、リュウをいじめるシエラは呼んでないけどね。
「ただいまーっ、リュウも一緒だよ」
「おかえりなさい、ファイア。
優しい笑顔で僕を出迎えてくれたのはティリーアさんだ。その声に合わせて奥から出てきた金髪美人のお兄さんは、ハル。
彼とも打ち合わせ済みで、今からリュウを外に連れだして時間カセギをするっていう重大使命を任せてある。
クォームと違ってソツのないハルなら、カンペキにやり遂げてくれるはず!
「何ですか? ハル」
「ちょうど良かった、
「構いませんが、なぜ私なんです?」
うんうん、わかるよリュウ。ハルがティリーアさん以外をデートに誘うとか考えられないもんね!
でも大丈夫、二人の間にあるのは友情だって僕は知ってるから。
テキトーな理由をこじつけてリュウを言いくるめたハルは、こっそり僕に目配せしながらリュウを連れて去っていった。よし、これで第一ミッションは完遂だ!
***
一九四五年 八月十五日。
その日付は僕にとっても、クォームにとっても、絶対忘れられない。
リュウが
傷ついて、傷ついて、ずっと泣いていたリュウを僕は今でも覚えてる。
僕はリュウに、笑って欲しかった。
リュウに
でもそんな日は来ることなく。
覚えておけと、言って泣きながら。
僕はクォームに僕を殺してもらうという、ひどく重くてつらい役目を担わせてしまった。
あのとき僕は、
***
花瓶にお花を飾って、テーブルにはたくさんのお菓子を並べて、準備バンタン。いつでもオッケーだ。
ティリーアさんはとても料理が上手で、ハルはいつもそれを自慢げに話してるんだよ。ハルが作るワケじゃないのにね?
もっとも今日はご飯じゃなくてお茶会だから、ティリーアさんが作ってくれたのは、たくさんのクッキーと、ケーキ。
他に、名前が長くてむずかしいガイコクのお洒落なスイーツも、いろいろだ。
「んふふー、いい香り。早く帰ってこないかなー、リュウとハル」
「だよなー、早く来ないと全部食べちゃいそうだぜっ」
……ん?
僕は思わずテーブルを振り返る。
だって今、聞き捨てならない言葉が聞こえなかった?
「ちょ、んあぁっ、何やってんだよクォーム!」
僕がキレイに並べたはずのクッキーが、半分くらいに減ってる!?
ふわふわと空中にアグラをかきながらクッキーをくわえている犯人は、ん、と首を傾げた。
「ん、じゃないよー! それはっ、リュウのクッキーなんだから!」
小首を傾げる仕草がどんなに可愛くたって、僕の目はごまかされない。
問答無用、イイワケも不要! 僕はクォームに飛びかかった。
ひらりとかわす身軽さはさすがというべきだけど、今ここで引き下がるわけにはいかないのだ。
すべてはリュウのため、なのだから……!
「クォームっ、待てー! 返してよっ」
「へへーん、食いかけクッキーなんて返したところで誰も食わねーじゃん!」
「そーいう問題じゃないッ!」
テーブルの周りをぐるぐる回りながら、僕とクォームの追っかけっこは終わらない。卓上に
こうなれば奥の手だ!
「クォーム、僕を怒らせたなっ」
右手をかざし、気合いを入れる。炎の魔法は心の力、たとえ相手が物理攻撃の効かないカラダだとしても、気合いでなんとかしてみせるさ……!
「うぇっ!? ちょ、待てファイア!」
焦った顔でクォームが止めようとしてくるが、聞いてなんかやらないもんね!
全魔法力を組み合わせた両手に集中させて、僕は叫んだ。
「
「ファイアっ! 駄目ですよ!」
——え?
僕の特大炎魔法に割りこんだのは——青い光と、真っ白な光。
大好きなリュウの声が聞こえたのと同時に、鮮やかな魔力の
目の前に転がる炭化したテーブルと、割れた窓ガラス。吹き込む風は乾いていて、僕は家の周りの結界ごといろいろ吹き飛ばしちゃったことに気がつく。
「……ごめんなさい、リュウ」
なんだかすごく悲しくなって、僕はうつむいた。必死になり過ぎて、かなりやり過ぎちゃったみたい。
「いいえ、あなたが無事で良かった」
リュウはそう言って、僕の前にしゃがんで、僕の頭を優しく撫でてくれた。それで僕はタイヘンな違和感に気がつく。
「あ、リュウ、髪……」
腰より長かったはずのリュウのキレイな青い髪が、不揃いな切り口で短くなってた。……もしかして僕、取り返しのつかないことをしちゃった?
「大丈夫ですよ。
「そうそう。まあ、今後は俺の家の中で魔法バトルは控えてもらいたいけどね」
リュウとハルが交互に言ってくれたけど、僕はもう限界だった。あっという間に視界が涙で歪んでいく。
ごめんなさい、ごめんなさい。
僕は司竜じゃなくなっても、相変わらず魔法の使い方がめちゃくちゃで。
昔のいろんなことが思いだされてしまって、もうダメだった。
リュウが優しく抱きしめてくれる。僕はその優しさに甘えて、ますます泣きじゃくった。
「あー……、ゴメンって。オレが悪かったよ、ファイア」
謝るクォームにも、僕はぶんぶんと頭を振る。
今ここにリュウと僕がいられるのは、彼のおかげなんだ。どんな方法か僕には分からないけど、リュウと僕を
……それなのに、僕は。
知ってる、こういう気持ちをジコケンオって言うんだよね。
落ち込みすぎて地面に埋まりたい。
そんなことを思っていたら、僕の耳にクスクスと笑う声が聞こえてきた。こそっとリュウの腕の中からうかがい見ると、ティリーアさんが口もとに手を当てて楽しそうに笑ってる。
「ファイアってば、やんちゃ盛りなのね」
……えぇ?
「そうだな、子供は元気なのが一番だ」
……えー、ハルまで?
この二人は僕を息子だと思ってるんじゃないかって、僕は時々思ってしまう。
でもそれは、イヤな想像じゃないんだよ? そんなふうに思ってもらえてたら、すごく嬉しいなって。
「さあ、クォームも反省してますし。気を取り直して、一緒に片付けをしましょうか?」
「……うん」
優しいリュウの言葉に僕はまた泣きそうになって、あわてて目をこすった。……どうしてみんな、こんなに優しいのかな。
「ごめんね、ありがとう、リュウ」
がんばって顔をあげて言った僕に、リュウはとても嬉しそうに笑ってくれたんだ。
ハルとリュウの見事な連携プレーで、奇跡的にケーキとクッキーは無事だったみたい。僕はびっくりしちゃったよ。いつかは僕も二人みたいになりたいな。
新しいテーブルを運んできて、花も飾り直して、僕らは改めてテーブルを囲む。
ちょっとトラブルも起こしちゃったけど、仕切り直しってやつさ。
「さ、リュウは真ん中の席だよ! なんたって主役なんだから!」
「はい? 主役? 何のことですか?」
青い髪を肩くらいに切り直し、不思議そうに首を傾げるリュウはとても可愛い。
でもそう口に出しちゃうとリュウが
「あのね、リュウ。今日はリュウが帰ってきてから、ちょうど一年目なんだよ!」
僕の宣言に合わせて、パン、パン、とクラッカーが弾けた。クォームもハルも、タイミングはバッチリだね!
目を丸くしていたリュウは、みんなに笑顔を向けられて、やっと実感がわいてきたみたい。
「……ありがとう、ファイア、みんな」
「おかえりなさい記念日パーティだよ! リュウ、帰ってきてくれてありがとう!」
精一杯の想いをこめて僕は言った。これから先も、何度だって言おうと思ってるけど、それは今は置いといて。
大事に隠していたとっておきのプレゼントを、そっとリュウに差しだす。
「これは?」
「僕からのプレゼント。リュウ、開けてみて」
ドキドキとワクワクが僕の胸を高鳴らせている。
丁寧にラッピングされた小箱をリュウはゆっくり開封して、中にあったものを取り出し、すごく嬉しそうに笑ってくれた。
「……手作りですか?」
「うん、そうだよ。僕お手製の、オルゴール」
青く透明なガラスを組み合わせて造った、てのひらサイズのオルゴール。
奏でる優しい音楽も、惑星をモチーフにしたデザインも、リュウの好みを知り尽くしている僕に抜かりはない。
リュウはしげしげとオルゴールを眺め、指先でそっとネジを巻いた。その手の上で、透明感あふれる優しいメロディが流れだす。
「ありがとう。素敵なオルゴール、嬉しいですよ。ファイアは、とても器用ですね」
幸せにとろけそうな笑顔でリュウが言うものだから、僕はもう嬉しくって、またジワジワと泣けてきちゃった。
あのね、リュウ。
僕はずっとずっと、リュウの笑顔を守りたかったんだよ。
***
生きるのってすごく難しくて、悩んだり泣いたり苦しんだり。
でも、そればかりじゃないよね。
大切な誰かと触れ合って、想いを重ねるひと時は、誰にだってあるはずなんだ。
僕は一度ぜんぶを失って、絶望の眠りに沈んだけれど。
そんな僕がふたたびこの場所に迎えてもらえたってことは、絶対忘れない。
だから僕は、僕の大切なひとたちの笑顔を守るため、がんばろうって思うんだ。
今度は、今度こそ、この幸せが——消えちゃわないように。
僕のこの炎は、心を温めるものなんだから。
fin.
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