第42話 世話焼きアリさん

 ミコノスの白い壁に別れを告げて、つぎに降り立ったのはエジプト・カイロ空港。スペインやギリシャの日差しも強かったが、エジプトのそれはもう一段階レベルが上がっていることを感じずにはいられない。イギリスで購入したSIMカードはエジプトでは使えないため、空港でエジプト用のSIMカードを購入してからホテルへ向かう。今回宿泊したホテルは空港の無料送迎サービスを提供していたので、空港を出たところで自分の名前が書かれたA4用紙を持ったドライバーと合流して駐車場の車に乗り込んだ。

 さて、空港からホテルに向かう道中、ひとつ気になったことがあった。町の建物のほとんどが茶色、砂漠のような色をしているのだ。日本や欧米で見かけるような、灰色や白系統のビルを見かけることはまれだ。ドライバーにビルの色に何か意味はあるのかと聞いてみたら「砂漠から砂嵐が来たら全部砂まみれになっちゃうから、最初からあの色にしてるんですよ。汚れ目立たなくていいじゃないですか」と納得の答えが返ってきた。なるほど、そういうことなのか。

 空港を出発してから30分ほどでホテルに到着した。入り口のブロック塀が崩れかけていることに若干の不安を感じながらも、周りで子供が遊んでいるような場所だから大丈夫だろうとエレベータに乗り込む。16階のボタンを押すと、フレームがきしむ音を響かせながらエレベータが動き出した。それと同時に、エレベータ内に流れ出す大音量のコーラン。ここがイスラム教国家だということを思い出させてくれるのには十分だった。

 この日は朝もが早かったので早めに夕食をとってゆっくりしようと思い、フロントでエジプトっぽいものが食べられるところを聞いてみた。すると、フロントにいたひげを生やした小太りのアリさんが「エジプト人のソウルフード、コシャリを食べときな!」とおすすめの店に案内してくれた。「普通のコシャリ」と「大盛りのコシャリ」の2つしかメニューが存在しない店で夕食を済ませてホテルに戻ると、アリおじさんが「近くにいかしたカフェがあるからコーヒーを飲みに行こう!」と誘ってくれる。この人、本当にホテルの人なのかなと疑問を抱きつつも、面白そうだからついていくことにした。先ほどコシャリを食べに行った時には近くにカフェのような店は見かけなかったのだが……と思いながら彼の後ろをついていくと、たどり着いたのは、よく言えばオープンカフェ。正確に描写するならば、歩道にプラスチック製のいすを並べた場所。机は背もたれがないプラスチック製の椅子。20人ほどがそこでタバコとコーヒーを楽しんでいる。アリさんは「とりあえずコーヒーでいいよね?」と通りの反対側にある雑貨屋の中に入っていってしまった。一人残されたものの空いている席はない。さて、どうしたものかとぼんやり立っていると、近くにいた青年が隣の自動車整備工場からプラスチックの椅子を持ってきてくれた。え、そこから出てくるの?と驚きつつも椅子に座ってアリさんを待っていると、周りのみんなが話しかけてくる。全部アラビア語なので内容はサッパリ理解できないが、なんとなくみんな楽しそうなので自分も楽しくなってくる。そうこうしていると雑貨屋で手に入れたコーヒーを持ったアリさんが戻ってきて、みんな1時間ほど盛り上がる。最終的には肩を組んで謎の歌を歌いながら記念写真を撮るような、変なテンションになっていたのだが、朝からの移動で眠くなったため、アリさんを残してその場を後にした。

 部屋に戻り、あれだけ盛り上がっているのにアルコール類は一切なかったのはイスラム教だなと思いながら、効きすぎた冷房の温度調節をしようとエアコンのリモコンを探す。しかし見当たらない。まさかここも有料パターンなのかと思いながらフロントに行くと「いまリモコン全部壊れちゃってるから温度設定できないんだよ。寒いならコンセント抜いといて」と予想外の答えが返ってきた。仕方ないので持参した養生テープでエアコンの吹き出し口にバスタオルを固定し、冷風がベッドに直撃することだけは避けて一晩過ごしたのだった。

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