第26話 他人の不幸は蜜の味

 早朝にホテルを出発してから順調に進めていたナージャ巡り歩きもひと段落。カフェのオープンテラスでピスタチオのジェラートを食べながら一休みしていると、店の奥のほうからざわめきが聞こえてきた。何事だろうと店内に入ってみると、壁に掛けられた液晶モニターに映し出されたサッカー中継を皆が食い入るように見つめている。

 さて、ここで一つ確認しておきたいのだが、今回の旅行はロシアワールドカップの開催期間中であり、ヨーロッパ各国ではどこも試合の時間になると町中で盛り上がりを見せていた……イタリアを除いては。過去のワールドカッで4度も優勝しているサッカー大国のイタリアで、なぜ盛り上がっていないのか、理由は極めてシンプルだ。イタリアがまさかのヨーロッパ予選敗退、本大会に出場していないからだ。優勝候補の常連だった自国が参加していないワールドカッなど、彼らにとっては大会そのものが開催されていないも同然だったのかもしれない。イギリスやフランス、スイスで散々見てきたワールドカップを使った客引きが行われていないことからも、その空気が伝わってくる。では、なぜこの日に限って観光客があまりいないカフェの奥で中継画面に食い入るように見入っているのだろうか。気になって端に座ってみていた一人の客に今どういう状況なのかを聞いてみると、「お、いいところにきたな!この試合でドイツが負けると予選リーグ敗退決定なんだよ!もう少しで負けるからおまえも見て行けよ、コーヒー奢ってやるからさ!」と興奮気味に捲し立ててきた。なるほど、自国の悔しさを同じサッカー大国のドイツにも味あわせて憂さ晴らしというわけか。奢ってもらったコーヒーを飲みながら見守ると、皆の期待にこたえるかのようにドイツは試合に敗れ、予選リーグ敗退が決定した。湧き上がる大歓声にハイタッチの嵐。他人の不幸でここまで盛り上がれるのもイタリアっぽいなと思いながら、追加で奢ってもらったピザを食べながら賑やかな店内の空気に身を委ねていた。やっぱりサッカーから目を背けているような雰囲気より楽しげにワイワイ騒いでいるほうがイタリアっぽくていいよ。

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