第43話 砂漠のボートはご機嫌斜め

 エジプトに来たのだからピラミッドを間近で見たい。ホテルでエジプト風の朝食をとりながらスマホでピラミッドへのアクセス手段を検索していると、相変わらず元気なアリさんが今日はどこに行くつもりなのかと話しかけてきた。ピラミッドを見に行くつもりだと伝えると、「それならついでにラクダで砂漠も見に行くと面白いよ。ラクダ使いの友達がいるから紹介してあげるよ。どうする?」と、いよいよ本当にホテルの人なのか怪しくなってきたアリさんだが、とりあえず値段と内容を聞いてみると、思いのほか悪くない提案だ。同じテーブルで朝食をとっていたパキスタン人の旅行者から「俺も昨日その内容で行ったけど面白かったよ」と援護射撃があったことが決め手になって、ラクダに乗ってピラミッドを見に行くことにした。

 ラクダに乗る場所まで車で移動することになったので、せっかくだからとメンフィスやサッカラに寄り道していたら予定よりも時間を使ってしまい、目的地に到着したのは日差しの強さもピークに差し掛かろうかという時間帯。暑いだろうけどラクダに乗って移動するだけだから、まあ大丈夫だろう。この時点ではまだ気楽に考えていた。

 さて、ラクダ乗り場にやってきてラクダ使いのおじさんと話をすると、アリさんから聞いていたピラミッドを見ながら周辺を1時間くらい歩き回るコースだけではなく、ピラミッドに加えて3時間くらい砂漠を好き勝手に歩き回れるコースも提供可能だという。真偽のほどは不明だが、あまりの暑さで午後の予約をキャンセルされたから提供できるサービスらしい。理由はともかく、砂漠をラクダで歩き回るという状況に面白さを感じたことと、価格も元の提案とさほど変わらなかったこともあり3時歩き回るプランを選択して灼熱の砂漠に乗り出した。

 出発前にラクダ使いのおじさんから「エジプトではラクダのことを『砂漠のボート』って呼ぶんだ。それくらい砂漠での移動に欠かせないものなんだよ」という話を聞いた。ゆっくりと、大きく揺れながら進むラクダの背に跨りながら、移動手段として重要だからボートなんじゃなくて、この揺れ方がボートと呼ばれる原因なのではないか、などと考えながら容赦ない日差しを浴びつつ砂漠を進む。ピラミッドは随分遠くに見える。あそこまで時間内にたどり着けるのだろうかと心配しながらも額の汗をぬぐっていると、突然ラクダの足が止まる。ラクダ使いのおじさんが手綱を引っ張ろうが、お尻を叩こうが、まったく気にした様子もなく立ち尽くしている。しばらく悪戦苦闘したおじさんだったが、ため息をつくと「しっかりつかまっててね」といいいラクダを座らせた。 いったい何が起こっているのかおじさんに聞いてみると、どうやらこのラクダは突然ご機嫌斜めになって動かなくなってしまうことがあるらしく、今回はそれが砂漠の真ん中で起こってしまったようだ。こうなってしまったらしばらく待つ以外に方法はないと、おじさんは砂の上に座ってタバコに火をつけた。仕方ないので自分も座ってみると、砂漠の砂の熱さに驚く。照り付ける太陽、流れ落ちる汗、どんどん減っていくペットボトルの水、電波を拾えないスマートホン。本当に大丈夫なのだろうかと思いながらも、他にできることもないのでただただ待つ。結局、ラクダの機嫌が直ったのは30分以上が経過したころだった。何が起こるかわからないから、砂漠に出る時には十分すぎるほどの水分を持って行くべきだ、そんなことを学んだ出来事だった。

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