第46話 ザルツブルグの食いしん坊

 明日のナージャの足跡を巡る旅も最終目的地のオーストリアまでやってきた。エジプトのカイロ空港を飛び立った飛行機は4時間弱でウィーン空港に到着した。イギリスで購入したSIMは有効期間が切れてしまっていて、これを国外から再び使えるようにするには面倒な手続きが必要になる。結局、SIMの再利用は諦めてウィーンの空港でオーストリア用のSIMカードを新たに購入することにした。SIMカードの動作確認を終えると、空港を出てさっそくホテルにチェックイン……ではなく、そのまま鉄道の空港駅に移動し、西に向かう特急列車に乗り込む。目的地は中世に塩の都として繁栄したザルツブルグだ。

 ザルツブルグに到着したのはすでに夕方。夏場のヨーロッパは日が長いとはいえ観光を始めるにはいささか時間が遅い。この日は軽く街を歩きながら明日の予定を考える程度にとどめ、夕食のためによさそうなレストランを探すことにし、客入りの具合や店頭に置かれたメニューなどを見比べながら、ホテル近くにあったオーストリア料理のレストランに入ってみることにした。

 ちょうどピーク時間に当たってしまったのか店内は満席だった。ウェイトレスは席があくまでバーカウンターで待つようにと言い残すと忙しそうに厨房に入っていった。急ぐこともないのでカウンターに座ってジンジャーエールを飲みながら店内を眺めていると、厳しい顔つきでメニューとにらめっこをしていた女性客と目が合った。このお姉さん、少し何か考える様子を見せた後、おもむろに席を立ってバーカウンターに向かって歩いてくるではないか。ここに座っているのは自分だけ。彼女に見覚えはない。身構えている私の前に立つと、彼女は「すいません、もしお一人だったら一緒にご飯を食べてもらえませんか?」と言い放った。突然のことにあっけにとられながらも、面白そうなのでいいですよと答えると、彼女は満面の笑顔で「ありがとう!(メニューを差しながら)これとこれが両方ともすごくおいしそうで、でも両方は食べきれないからどうしようかと悩んでたんですけど、全然決められなくて!よかったらシェアして一緒に食べましょうよ!」と早口で一気にまくしたててきた。そう、彼女はまさかの食いしん坊だったのだ。

 二人で彼女が座っていた席に着くと、さっそくメニュー選びの作戦会議が始まった。相談した結果、ファミリーサイズの前菜盛り合わせと、メイン料理は牛、豚、鳥から1品ずつ選び、合計3品を注文する。デザートも大きめのケーキをシェアして食べる。厳しい顔つきで彼女が歩いてきたときにはどうなることかとドキドキしたが、思いがけず楽しい食事になった。

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