第20話 タコがおいしい国

 遠ざかるマッターホルンを眺めながら山岳列車は南に進み、ヴィプスで進路を東に変える。ツェルマットを離れたあと、マジョーレ湖畔の街ロカルノで2時間ほどナージャの足跡をたどり、そこからイタリア北部の湖水地方にあるコモ湖を目指す。コモ湖はローマ時代から貴族の避暑地として有名な場所であり、いまも湖畔には高級ホテルや貴族の庭園が広がっている。そんな湖畔の高級ホテルに泊まれるはずもなく、私が向かうのは駅から歩いて10分ほどの路地にある小さなホテル。小さいとはいえ、フロントの青年は流暢な英語で対応してくれるし、部屋もきれいだ。

 この街での目的はナージャたちが公演を依頼された貴族のパーティ会場のモデルとなっているホテル・ビラデステだ。しかし、このホテルはゲスト以外の立ち入りを禁止していることが分かっているので、基本的には湖を船で移動しつつ遠目に眺めるだけになる。ならば今は移動で空っぽになった胃袋を満たすことが最優先事項だ。フロントの青年に現地の人に評判が良いレストランを訪ねると、ホテルの5軒隣にあるレストランがおすすめだという。彼もよく使うというから信頼して間違いないだろう。

 シーフードがおすすめだというそのレストランのドアをくぐると、あまり飾り気がない街の食堂のような雰囲気。それでも店員が簡単な英語で対応してくれるのは、さすが複数国家に囲まれた観光地といったところだろうか。メニューをざっと眺めてみるが、イタリア語で書かれているので日本でも名前が通っているような有名料理を除けば詳細は分からない。悩んでいても仕方がないので、ホテルでシーフードがおいしいと紹介してもらったのだがおすすめは何かと尋ねてみる。するとタコのサラダとペスカトーレがおすすめだというので、それを注文してみた。

 出てきた料理は文句なしの味。個人的にタコをおいしく出してくれる店には全幅の信頼を置くことにしているので、追加で何品か注文する。結局、歩くのが大変なほどの満腹になってしまったのだった。

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