36.クライ・フォー・フリーダム

 電話が通話モードに切り替わる。

 電話の向こうでは、劉が興奮していた。


「ウノか? ウノなんだな。今、テレビを見ていた。外国人街の制圧報道が、とんでも無い事になっているじゃないか。警官が沢山死んでいる。滅茶苦茶だ。これじゃ戦争だ。虐殺だ。ウノ、お前は無事なのか?他の奴は大丈夫なのか?」


 喚声の大波の向こうに劉の声が聞こえる。

「ああ、大丈夫だ。全く問題ない。そちらの状況はどうだ?」

「ああ、皆舞い上がっている。どうなっているんだ。皆、携帯を見て荒ぶっている。日本の警官が殺されているのを見て、拡散されているウノの演説を見て、こちらの連中は興奮している。大声を上げている奴ばっかりだ。俺は怖いよ」


「僕がさっき上げた動画をもっと拡散させろ。もっと見させろ。もっと聞かせろ。考える時間を与えるな。拳を振り上げ、大声をあげろ。覚醒剤、コカインを全て無料でバラまき、興奮した奴らを暴動を加わらせろ。落ち付くな。慌てろ。騒げ。混乱しろ。全ては打ち合わせ通りだ」


「本当にいいのか? 沢山死ぬぞ。沢山だ。悪い奴も死ぬけれど、普通の人も死ぬ。そして良い人も死ぬ。親切な人も死ぬ。幸福な人も死んでしまう。皆死んでしまうんだ。それでもいいのか?」


「劉、お前は以前に自由が欲しいと言ったな?」


 劉は興奮の余り泣いている。涙が電波にのって受話器から流れてきそうだ。


「ああ、確かにそう言ったよ。俺は自由が欲しいと言った。貧しいのが嫌だった。蔑まれるのが嫌だった。そうしたら生きているのも嫌になった。だから、自由が欲しかった。心から自由が欲しかった」


 テレビで映されている実況中継。


 警官達があげる叫び声は、業火で焼き尽くされている。

 マスタード・ガスは噴霧ふんむされ、咳き込む所を建物から一斉射撃。


 赤黒い血が地面を染め、肌はガスでヒリついている。

 息をすれば鼻腔に満たされる肉の焼ける匂い。

 人が焼けると煙が出てきて、それが目へと染みこみ痛みを生じさせる。


「劉。自由とは今、目の前にあるものだ。お前が見ているテレビの向こう側にあるものが自由だ。

 自由とはそういう色だ。

 自由とはそういう形だ。

 自由とはそういう音だ。

 自由とはそういう臭いだ。

 自由とはそういう味だ。

 自由とはそういう感触だ。

 自由とはそういうものなんだ。


 良い奴が死に、悪い奴が死に、普通の奴が死ぬ。

 建物は壊され、制度が破壊される。


 この瞬間。


 既存のものが壊れるこの瞬間こそが自由だ。


 その後、僕達はまた自由ではなくなる。


 不自由になる。再び牢獄に閉じ込められ、不自由になる。

 だから、自由なれるのは全てが破壊される今だけだ。


 今だけしかないんだ。


 さあ、扉を開け。自由はそこだ」

 

 フラッシュ・ライオットが発生した。

 ネットを通じて、フラッシュ・ライオットは実況される。

 それはネットを伝って全国に、全世界にバラまかれるだろう。


 無かった事にしようとしても、ネットには隠れ場所がいくらでもある。

 もう隠蔽はできない。この事実は、つきまとう悪夢のように、何度でも蘇ってくるだろう。


 陳が泣きそうな顔をして報告してくる。以前に僕に見せた余裕など一切出てこない。

「ウノさん。向こうから喚声が聞こえてくる」

「マフィアの連中か、陳?」


「はい。間違いありません。現在、北京と東北の連中が発砲しているようです。福建は遅れているようです」


「よし、メルキアデス。陳。今ならどこに強盗に入っても、誰を強姦しても警察は来ない。あらゆる手段をもって、全ての不法滞在者達に通達してやれ。電話、ネット何でも構わない。これからは暴動に参加しても誰も捕まらない。罪にもならない。そう教えてやれ。今日から数日はカーニバルだ。自由を謳歌するカーニバルだ」


 暴力が、無軌道な暴力が吹き荒れた。


 底辺に折り重なって沈んでいた不法滞在者達が暴動に加わった。

 彼らは日本人より暴動の事をよく知っている。


 それが制御が効かない事も。

 それが経験となって心の中に沈殿し、いつまでも留まり続ける事を。


 貧しき者は幸いだ。



 強奪という名の富の分配が行われた。

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