25.インタヴュー・ウィズ・ジャスティス
ここは外国人街にある僕の部屋。
疲労を染み込ませた、腐敗に浸食されているコンクリートが四方を囲む。逃げ場所のない重い空気が部屋の隅で眠っている。
椅子にくくられ、座っている女が僕を睨む。
「どうだ? 誘拐された気持ちというのは? 長月秋代さん?」
厚生労働省に勤める課長の一人娘。
彼の父親は四国の出身で、東大に入学後、当時の厚生省に入省。
年収は千四百万を超える。高級住宅地に家に住み。車を三台所有している。
趣味はゴルフ、釣り、海外旅行など年齢を感じさせないほどに活動的だ。
愛人はおらず、家族想いで、事の他一人娘の秋代は晩年に授かった子供という事もあり、溺愛ぶりは近所でも評判らしい。
秋代は僕と同じ年齢だ。高校二年。下校中に彼女は攫われた。
伏せた目は透き通っており、それは雪色のような肌と相まって、とても美しい。
「あなたは誰なんですか?」
「僕か? 誘拐犯だよ。君を誘拐した。誘拐犯が自分の名前を言ったりすると思うか?」
僕は机を指で叩きながら、軽い言葉で答える。他の攫った子供達は地下室に閉じ込めている。
今頃は泣き声の合唱をしている事だろう。放っておくのが一番だ。人間は泣き過ぎて死ぬ事などない。
「あなた日本人なの?」
「どうしてそう思う」
「あなたの日本語には訛りが無いもの。とても自然な日本語に聞こえます。私を連れ去った人達は、いずれも外国人でしたけど、あなたは違いますね」
「僕はウノだ。ウノという名前にしている。フィリピンとタイのハーフで、日本には不法滞在している事になっている」
「どうして誘拐なんてするんですか?」
柳眉を逆立てる秋代。彼女の名前が秋穂の名前と発音が重なるせいか、不意に秋穂を思い出した。
どこか雰囲気も似ているような気がする。見慣れた景色が一瞬歪んで見えた。灰色づくめの閉塞した部屋が一瞬揺らいだ気がした。
気付けば、僕は机を叩くのを止めていた。
「今、あなたは笑いましたね。どうして笑ったんですか?」
「いや、似た人を思い出してね」
「それはどういう人だったんですか?」
気を紛らわせようとしているのか、彼女は会話を促す。桜の花びらのような唇が細かく震えてだした。
「ああ、幼い頃から一緒だったんだ。世間では幼馴染みと言うんだったな。その女と雰囲気が似ているように思ったものでね。つい笑ってしまったんだ」
「幼馴染みですか?」
「そうだ。顔は似ていないが、雰囲気が良く似ていたように思った。恐がりで、強がりで、よく怒った」
「あなたにとって大切な人なんですね」
秋代は繰り返される会話の中で、自分の立ち位置が決まったらしい。彼女の頬から緊張が解けてゆく。
「僕の心は普通の人とは違う。君の言う、大切な人という意味が僕にはわからない」
僕の言葉に、秋代は言葉を繋げてくる。彼女には微かに蜘蛛の糸が見えたと思ったらしい。
「その人は今何をしているんですか?」
「……自殺したことになっている」
「どうして」
秋代の喉が鳴る。
思わぬ”死”という言葉に動揺を隠しきれていない。
「彼女と僕は同じ学校だった。そこは進学校だ。無理をし過ぎたらしい。僕と同じ高校に入った彼女は無理をした。毎日の授業に追いつくのが必死で、心をすり減らしてしまった……。最後に見た彼女の姿はすっかり違っていた」
「すいません。聞くべきじゃなかったです。思い出させてしまってすいません」
すいません。
良く聞く言葉だ。母がいつも口にする言葉。
母と秋代を重ねて見るが、それは全く異なる。
「別にいい。僕にはセンチメンタルになる心はない。心の無痛症なんだと、秋穂に言われたよ」
「そうなんですか」
不思議なものだ。誰にも言わなかった言葉。
誰にも言うつもりのなかった言葉が口から滑り出てくる。
「あなたはやっぱり日本人なのですね」
「そうだ。日本人だ。タイの血も、フィリピンの血も混じっていない。純粋な日本人だ。僕の名前は仙道。仙道達也だ。父親は君の父親と同じ厚生労働省に勤めていて、医薬食品局長だそうだ。君の父親の上司になる。父親の持ち帰ったノートPCから、住所や連絡先を取り出したんだ」
「どうしてあなたは外国人と一緒になって犯罪をしているんですか? どうしてこんな凶悪な事を?」
「色々あるさ」
「心は痛まないんですか?」
「さっきも言っただろう? 僕は心の無痛症なんだ」
秋代は黙ってしまった。重い沈黙が彼女の細い身体にのし掛かっている筈だ。
「秋代が今感じている感情はどんな感じなんだ?」
「あなたは酷い人です。悪い人です。でも、可哀想な人です」
彼女の目が赤く潤んでいる。今にも涙が零れ落ちそうだ。
暗く湿った深海のようなこの部屋で、彼女だけが別の住人なのだろう。暗闇に淡く、そして白く浮き上がる花のようだ。
「秋代」
「何ですか?」
「人を殺す時って、どういう気持ちなのか考えた事あるか?」
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