33.ファイヤ・アップ・オール

 警察よりも現場に早く到着したのはテレビ局だった。

 晴天にヘリコプターが虫の様に飛び回る。

 彼らのカメラから百台を超えるパトカーと装甲車の映像が映されている。

 その様子はまさに軍隊だ。


 日々の猛烈な訓練で鍛え上げられた日本最強の組織の姿。

 鋼の精神を有し、最高の機動力を誇る、日本最強の武力集団。

 それが警察だ。


 現実の警察は血に飢えた野獣だ。

 アウトローと同等に渡り合う彼らは、力の信奉者であり、暴力の世界の頂点に君臨する暴君だ。


 連なる車は一寸の乱れもなく、整然と連なり、威風堂々としている。

 彼らの放つ威容に気圧され、腰を抜かした奴もいるだろう。


 それほどの警察に弱点があるのだとしたら、それは現場を知らないキャリアが幹部だという点だ。

 理屈でしか物事を考えられないキャリアが意思決定する。


 だから、僕の安い挑発に乗ってきた。

 国家警察であるプライドを守る為に出動命令を発し、キャリア共は彼らの軍を送り込んできた。


 濃紺の服を着た、兵隊が黒の盾を並べて高架を潜って来る。

 規則正しく行進する彼らは精密な機械だ。

 高架を抜けた後には、小走りで、大きく開いた通りに並ぶ。

 屋上でそれらの景色を見ていると、隣にいたペルー人が突然昏倒した。

 床に頭をぶつけ鈍い音をさせる。


伏せろDescer!」

 メルキアデスの声と共に僕は地に伏せた。

 初弾を外し、遠慮のなくなった銃弾が空気を引き裂き、殺到する。


 高架を潜る武装警官に目を引き付け、高架以外の周囲から特殊強襲部隊を潜入させた。

 そういう事だろう。


 驚愕でパニックになった連中が耳を押さえて叫んでいる。

 ある者は膝を抱えて丸くなる。

 メルキアデスは耳を削られ、歯がみをしていていた。


「アサド!」


 僕の指令に基づいて、アサドが路地裏に仕掛けていた装置を起動させた。

 裏路地に配置されてある、数十本のプロパンガス。

 その隣に配置された数十本もの小型ガスポンベのバルブが弾ける。


 軽い破裂音があちこちであがる。

 薄い黄色の煙を残して、ボンベは黄色いガスを吐き出し、ガスは無軌道に路地を埋め始める。


 路地で収まっていられなくなったガスが地を這うようにして、大通りに出てきたのが見える。


 メルキアデスが狂ったように聞いてくる。彼の顔は汗まみれだった。

「ウノ、お前は何をした?」

「マスタードガス。毒ガスだ」


 眼下では、黄色い煙が湧き、波をうって、全てのものを飲み込んでいる。

 足音も立てずに忍び寄り、全ての者を体内に引きずり込んでゆく。

 しばらくすると、黄色の膜が張られた通りを、強襲部隊が引き上げてゆく。

 黒い戦闘服が霧の谷間に揺れている。


 マスタードガスは遅効性の毒ガスだ。

 致死率は低いが、ゴムをも通り抜け、後遺症に苦しむ事になる。呼集に応じなかった、外国人街の住人も、この先、苦しむ事になるだろう。


 強襲部隊が撤退したのを確認した後、号令をかけた。


「今だ、やれ!」

 地を裂くような轟音、空を貫くような爆音が、街全体を走った。

 僕達の雄叫びは、僕達の産声は周囲数十キロ先まで届いた事だろう。


 高架が崩れ、瓦礫が粉塵となって、舞い上がる。

 それは天高く駆け上り、灰となって落ちてくる。


 驟雨のように降り掛かる瓦礫を全身に浴びながら、メルキアデスは歓声を上げた。


「やったぞ、やったぞ。あいつらを倒してやったぞ。殺してやったぞ」

 彼の目は充血し、歯茎を剥き出しにして笑っている。

 泡沫を口の端につけ、歓喜に全身をうち震わせている。


 無理に連れてこられた陳の目は、今にも転がり落ちそうな程に見開かれている。

 彼の店を強襲し、騒擾そうじょうで混乱する中、武装した連中にここへと連れてこさせた。

 陳は目の前に展開している景色に意識が追いつかず、口を閉じるのも忘れていた。


 高架を潜って行進していた警官は、高架トンネル内の爆弾で即死だろう。

 倒壊した高架に部隊は完全に分断された。


 整列していた武装警官達は、突然の出来事に右往左往している。現場慣れしていない連中が混乱を更に広げる。


 外国人街の水道、電気は全て止められている。

 高架の向こうで三ヶ月程待っていれば、おのずと勝負は付いたはずだ。


 しかし、そうしなかったのは、そうできなかったのは、僕達に挑発されて、事態を早急に解決しようとしたからだ。


 メディアの放言が彼らを捕え、世論が彼らの背後を刺した。


 高架の後ろで彼らが隊列を作った場合、僕達が高架にバリケードを築いてしまうと、この出動が長期化してしまう。

 長期化させない為に、僕の居るビル。

 僕が示した、僕の居場所を圧倒的数量と火器で攻囲した。


 それは正解かもしれない。

 だが、書類上だけでの話だ。理論上だけでの話だ。


 事態の把握をすべく、隊列を整える武装警官達。

 分隊長の怒号が隊列の左右で響く。彼らは起き上がろうとしていた。


 無数に並んでいたヘルメットの海。

 彼らは雄々しくも、頭を上げて僕達を睨む。


 そうだろう。そうくるだろう。

 誇り高いプライドが彼らの弱点になる。

 無双無比の強さが彼らに仇をなす。


 傷つき、尚立ち上がる彼らの背面を更なる爆発が襲う。

 高架壁面に取り付けられていたC4爆弾が暴威を奮った。


 その爆弾には、多くの鉄球が埋められている。

 爆発と同時にそれらは無数の点の暴力となって、武装警官達の体を引き裂いた。


 無数の鉄球が縦横に走り、プロテクターを突き抜け、内蔵をも切り刻む。

 四肢は千切れ、血が煙となって、命が飛び散る。


 休む時間は与えない。

 畳み掛けるように、ビルに設置されている無数のC4爆弾を爆発させる。

 ビルは倒壊し、彼らの頭上にビルが倒れかかる。

 コンクリートの雨が、瓦礫の雨が、彼らの体に降り注ぐ。


 無慈悲な暴力はそれだけに留まらない。

 ビル内に積み上げられているナパーム剤に引火して、辺りは火の海と化した。


 熱が彼らの制服を焼き、皮膚を焼き、肉を焼き尽くした。そこにある酸素を貪欲に喰らい、苛烈な巨体を出現させた。


 彼らは絶望の彼方に地獄の蓋が開いたのを見ただろうか?



 警察の、国家の背骨が折れる音がした。



 目の前では警官が生きたまま身を焼かれている。

 叫び声をあげながら、逃げようとする警官達。


 隣にいたメルキアデスが汗を浮かべてこう言った。

「インフェルノだ。これは」


「まだだ。逃げ場所を探して、あいつらは路地を行く。マスタードガスの中を横切ってだ。そこを呼集をかけた連中が、あらゆる建物の二階や三階から、そして、あらゆる窓から発砲をする。これからだ。これから彼らは本当の地獄を見る」


 この光景は高架を挟んで両側で展開されている。

 向こうでは装甲車が有るだけに、逃げる空間がいくつかあるはずだ。


「陳。外にいるマフィアに連絡しろ。高架の向こう側にいる警官隊を後方から圧殺だ。発砲して狩り散らせ。鴨撃ちより楽な仕事だ。言う事を聞かないなら、お前の地下銀行の金は全て凍結される。マフィアの金も総取りだ。さあ、連絡しろ。でなければ、僕が全て押収し、お前を殺して、全ての金は没収だ」


 陳は何とか理性で自分を押さえつけている。

 歯を鳴らしながら、電話を始めた。従わなければ、陳は僕に殺される。


 ナパームの匂い。

 建物の焼ける匂い。

 肉の焼ける匂い。


 それらは混じり合い、煙となって天を曇らせる。

 明るかった地上には影が落ち、闇が突然にこの世界を覆った。


 僕が動画のアップが終ってしばらく経つ。


 これらは僕の指示通り、あらゆるサイトに広がるだろう。十分もあれば多くの者が見るはずだ。


 僕は電話を手に取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る